柳原三佳のブログ

交通事故・死因究明問題などを追及する柳原三佳からの情報発信。あるときはジャーナリスト、あるときはノンフィクション作家、でも、1日の大半はお料理と芝刈りが大好きな「主婦」してま~す!

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ある交通事故遺族からのメッセージ

 今日は、次号の「冤罪ファイル」の原稿の締切りです。
 高速道路上で起きた、不可解な「ひき逃げ」事件を取材しました。
 なぜ、この事故が「ひき逃げ」で起訴されたのか、私にはどうしても理解できない、そんな事故です。

 ちょうどその記事を書いているとき、下記のメールが届きました。
 加害者は、息子さんをはねた後、2キロ以上走ったそうです。壊れた車が動かなくなるまで。
 しかし、ひき逃げは不起訴だったそうです。
 私が今書いている記事とは、全く逆の処理に、この国の警察や検察の「ひき逃げ」に対する判断基準はどこにあるのだろうと、考え込んでしまいました。
 
 偶然、メールをくださったお母様のお名前が、私と同じ「三佳」さんでした。
 この漢字のミカは、めったにないないので、なんだか親近感を覚えました。
 今日、お電話でお話ししたのですが、彼女のお話を聞きながら、個人的な恨みや怒りではなく、息子さんの死を無駄にせず、世の中を良くするために生かしていきたい……、そんなまっすぐで、強い意志を感じました。
 藤田さん、メッセージ、ありがとうございました。
 大切な息子さんのご冥福を、心よりお祈りいたします。

********************************
 
 はじめまして、藤田と申します。
今年3月に息子(22歳)を交通事故(ひき逃げ)により亡くしました。
相手の方が不起訴になった為、納得がいかず色々検索していて、柳原さんのHPを見つけました。

 ひき逃げだった為、国道ということもあり後続車(トラック2台)にもひかれた為、息子の姿は見れないまま天国に逝ってしまいました。
 息子は2週間後に大学を卒業して社会人になるはずでした。その報告をおばあちゃんにするために、お墓参りにいってくるといい、福岡から自転車で大阪まで行っているなか、広島で事故に遭い亡くなってしまいました。

 警察の態度は加害者は逃げたけどすぐに戻ろうとして、車がつぶれて戻れなかったけども戻ろうとしたし、事故がおきた時間が午前1時ということもあり、普通は歩行者も自転車も通らないようなところだ。と悲しみでどうにかなりそうになっている状態の時にそんな説明だけで、DNA鑑定をすることしか言わず、加害者を擁護するような事しか言いませんでした。
 現場も何時間も通行止めにして捜査したと言っていましたが、息子のお友達がお花を持っていってくれたときにも、息子の物を見つけてきてくれましたし、絶対持っていたはずの物がないので、もう一度探してほしいとお願いしましたが、未だに何の連絡もありません。
 後続車も逮捕したら、連絡すると言っていたにもかかわらず、こちらから連絡するまでなにも連絡はありませんでした。
 検察の担当検事も制限速度は60kmだけど、通常80kmくらいで走る道路だからね~と本当に他人事で上からの物言いで、ただでさえ精神的にまいっているのに、加害者よりも警察や検察の国の組織に腹がたちます。
 何のための交通規則、法律なのかと首を傾げたくなります。

 色々検索していて、交通死亡事故や後遺症の残るような事故にあわれて苦しんでいる方や悔しい思いをしている方がこんなに沢山おられるんだと悲痛な思いでいっぱいです。
 少しでもこんな思いをしないでいい様な法改正や国になる事を祈っています。

 まだまだ暑い日が続きますが、お体にはお気をつけてください。ワンちゃんも夏バテしないように!!
 私も心療内科に通院中ですが、柳原さんのHPで少し元気を頂きました。ありがとうございました。
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  1. 2010/07/31(土) 13:49:41|
  2. ミカの日記

損保会社・払い渋りの「手口」



 全国的に猛暑が続いていますね。
 我が家の愛犬は、短足のミニチュアダックスなので、暑い日は地面の熱がダイレクトにお腹に跳ね返ってくるので、日中は外へ出してやることもできません。
 今も、ひんやりしたフローリングの上におなかをペッタリとくっつけて、いびきをかいてすやすや寝ています。

 さて、私のもとには相変わらず全国各地の事故当事者から、たくさんの体験談が寄せられています。
 今日は、東京都のあきさんから届いたメールをご紹介します。
「事故の”被害者”だけでなく、保険会社の手口の”被害者”にもならないよう、自動車保険会社の手口を少しでもたくさんの人に知ってもらいたいと思っています」
 とのことです。

 あきさんのメールを読み、本当におっしゃる通りだと思いました。
 力のない弱者が大勢、泣き寝入りを強いられているのです。
 中には、自分が騙されていることにすら、気づかないままに……。
 読んでみてください。

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 はじめまして。
 昨年、交通事故にあい、インターネットで検索していたところ、交通事故や司法問題等をテーマにし、ジャーナリストとして活躍していらっしゃる柳原さんのホームページにたどり着きました。
 
 交通事故にあったのは、昨年11月のことで、現在も通院中です。
 そして、保険会社にまる投げ状態で謝罪にすら訪れない不誠実極まりない加害者の態度と、加害者側の損保の理不尽な対応とに苦しんでおります。
 とは言っても、柳原さんが今までに取り上げてきたような大きな死傷事故ではなく、小さな衝突事故なんですが・・・。
 それが、なぜ、ここまで長く尾を引いているかと云うと・・・。

 その発端は、加害者側の保険会社の対応です。

 事故後、加害者側の保険会社から電話があり、
『今回の事故は、通常、過失割合が、【被害者】20:【加害者】80の事故なんですが、こちら側に信号を見落としたという著しい過失がありますので、10%修正し、10:90の事故になります。』 と言う説明を受けた。
 その時は、私は、損保側の言っていることを鵜呑みにするだけで、疑うこともなく、ただ単に『著しい過失があると10%の修正になるんですか?』と、損保側が言ったことを復唱するかのように確認しただけでしたが、私の問いかけに対し損保側は『そうです。』と明言しました。

 初めは、損保側の巧みな話術で、信用してしまったけど、事故の過失割合について何の知識もない私でも、よく考えてみると、私は青信号で直進している所に信号を見落として接触してきて、基本過失割合が20:80なんて絶対に納得がいかないと思い、『20:80の過失割合の根拠となる事例を送ってください』と依頼しました。

 10日ほど経って、別冊判例タイムス 事故類型のコピーが送られてきました。
 判例タイムズは、見開きになっていて、右側のページに事故類型別の過失割合、左側のページにはその事故類型の解説が記載されていると言うことは、保険会社の人間なら、当然知っていると思います。
 損保が送っていたのは、右のページのみ。
 なぜなら、左側の解説には、今回の私の事故とは違う信号の状況が明記されているからです。
 事故状況の解説の書いてある左側のページを省き、右側のページだけを送ってきたのです。
 つまり、今回の事故が、20:80ではないにもかかわらず、基本過失割合を20:80にしなければならい(20:80にでっち上げなければならない)にため、解説ページを送ることができなかったのです。
(軽微な衝突事故だったので、すぐに解決すると思い、事例を送らなければならないなんて、きっと損保にとっては想定外だったのだと思います。)

 いかにも善人ぶって10%の修正をしているけど、基本過失割合を偽って提示するあくどいやり方です。

 柳原さんは、沢山の大きな交通死傷事故を取材してきていますが、今回のような小さな事故でも、このようなあくどい手口を知らずに、相手方保険会社を信じ(うまい言葉で丸めこまれ)示談してしまう人、保険 会社の対応に納得がいかなくても、反論できず泣き寝入りせざるを得ない人は、沢山いると思います。

 裁判を起こさなければ適正な補償が得られない今の自動車保険制度や損保の対応に疑問を感じています。
 私の場合、未だに通院中とはいえ、重篤な症状ではなかったため、おかしいと疑問に感じたことに対し、図書館やインターネットを利用し、いろいろ調べ、損保の偽りの過失割合を指摘することができました(指摘し、損保も間違いは認めましたが、基本過失割合を10:90にしたら、今度は著しい過失による10%の修正を認めなくなり、未だ解決には至っていません)が、被害者の中には、重大な損傷を負い、調べることすらできない人も、少なくないはずです。

 高速道路のETCによる1000円通行や無料化などの政策によって、これから、休日の高速道路や観光地の交通量はますます増え、それに伴い、交通事故も増えていくことと思います。
 そうなると、保険会社の出し渋りは、ますますひどくなっていくと予想されます。

 人身事故の被害者なんて、一生のうちに何回あるかです。
 不慣れな事故の素人を食い物にする保険会社のやり方は、全く許すことができません。

 私は、もっともっと身近な小さな事故から、このような損保の汚いやり方を公表し、被害者が立ち向かえる世論を作り上げていく必要性を感じています。

 今回の私の事故は、交通事故としてはちっぽけなものかもしれませんが、損保の出し渋り・被害者いじめ、被害者の泣き寝入りという点では、大きな問題だと思っています。
 記事として取り上げていただき、交通事故被害者の方々の問題解決の糸口となり、間接的ではありますが、お力添えいただければ、幸いでございます。
  1. 2010/07/27(火) 14:46:53|
  2. ミカの日記

懐かしの「女坂」と「里」のライスグラタン

 7月21日の「読売新聞」(関西版)を見た友人から、
「ミカの名前が出てたよ~、すごいね~」
 と連絡をもらってびっくりしました。
 この記事、千葉では読めなかったのですが、ネットで出ていました。
http://osaka.yomiuri.co.jp/university/graduates/gr100721a.htm

 あの大作家・山崎豊子さんと一緒に、私もOGとして紹介されるなんて、いったい何が起こったのかと思いましたが、母校の記事とともに紹介されるのはとっても嬉しいことです!

 私は毎日、奈良市の自宅から東山七条の学校まで通いました。
 学校に続く坂道は、通称「女坂」と呼ばれていて、、帰宅時間になると、この記事にもあるように、京大や同志社の男子学生たちが、ビラを配りに来たり、彼女を迎えに来たりしていたものです。
 あ~~、懐かしい。
 昨年9月、京都女子大学で講演をさせていただいたのですが、女坂にある喫茶店「里」は、今でも同じ場所にありました。
 今度行ったら、ライスグラタンを食べようっと!!

************************************************
7月21日「読売新聞」 わが青春、わが大学

 ■京都女子大 冷泉貴実子さん◇冷泉家時雨亭文庫常務理事 (1971年卒)
 
 ◆「和歌の家守る」天命知った女坂 日本の美パリで気づいた 
 清少納言が美しさを讃(たた)えた京都・東山三十六峰の一つ、阿弥陀(あみ
だ)峰のふもとに緑豊かなキャンパスがたたずむ。東山七条から大学に向かう松
並木の坂道は通称「女坂」。「学友や新進の先生方と出会い、日本文化の大切さ
に気づきました。進むべき道を見つけた学生時代でした」。冷泉(れいぜい)貴
実子さん(62)は大学院までの6年間通った女坂を思い出しながら語る。
 藤原定家を祖に、代々、和歌の伝統を伝えてきた冷泉家24代当主の長女。祖
母や叔父が門人らに和歌を教える姿を見て育ち、京都御苑(ぎょえん)の北、今
出川にある現存最古の公家住宅を守る。
 1967年、文学部史学科に入学。「ハイヒールで坂を上るのはきつかったな」
と笑いながら「京都大などの男子学生が並び、サークルの勧誘をしていたのです
よ」。キャンパスは当時、流行のミニスカートを着こなした女子学生でいつもに
ぎやかだった。
 同級生には地方の大きな家や寺の子女が多く、友人が帰郷するのに便乗して旅
行を楽しんだ。新潟ではわらぶき屋根の農家や田舎の風景に出会い、高知では友
人の母親がふるまってくれた皿鉢(さわち)料理のごちそうの山に驚いた。「京
都のほかにもすばらしい歴史や文化があることを知り、新鮮な刺激を受けた」
 外国文化にもあこがれ、第2外国語科目にフランス語を選択した。このとき文
法を教わったのが、フランス文学者、杉本秀太郎さん(79)(当時助教授、国
際日本文化研究センター名誉教授)=写真=だった。「パリからの留学帰りで、
仏文科を作りたいと意気込んでいた時期。僕の目の色も違っていたと思う」とい
う杉本さんの指導に、3回生の時に仲良し3人組で仏文学研究会をつくり、アラ
ンやボードレールを読んだ。
 杉本さんは江戸時代の商家の面影を残す杉本家住宅(重要文化財)の当主。築
140年の家を手入れし、古美術や季節の軸を飾って大切に暮らしていた。研究
会の仲間と訪れては、留学生活やフランス文学から日本文化までに学識深い杉本
さんの話に夢中になり、深夜になることもたびたびだった。
 杉本さんの影響を受け、大学院1年を終わって3か月間、念願のパリへ。安ホ
テルに滞在しながら美術館巡りにあけくれ、18世紀の建物が並ぶ調和のとれた
街に魅了された。「どんなに壊れた建物でも修復して慈しんでいる」。帰国後、
自宅の古い門がとても日本的で美しいと感じた。
 冷泉家は華族制度が廃止になった戦後は荒れがちで、「一子相伝」の和歌の家
を守っていけるのか悩んでいたころ、「我が家では朽ちていく家を愛していると
はいえなかった。自分の果たすべき役割を実感した旅でした」。
 大学院修了後、京都大人文科学研究所勤務をへて高校の社会科教師に。そのこ
ろ、両親を説得して当主しか入れなかった御文庫(おぶんこ)を公開し、定家の
日記「明月記」などの典籍が国宝や重要文化財になった。81年には財団法人冷
泉家時雨(しぐれ)亭(てい)文庫を設立した。
 フランス語を一緒に勉強し、杉本さん方にも通ったクラスメート伊関登紀子さ
ん(62)(フランス語通訳者)=写真=は「相手の名前も告げずに」当時兵庫
県西宮市の女子大講師で、のちに夫となる為人さん(66)(現冷泉家当主)を
紹介。「明るい性格で世話好きな貴実子さんが財団設立後も独身のまま奮闘して
いたから」と話す伊関さんは、93年、パリ・国立ギメ美術館で冷泉家が七夕行
事「乞巧奠(きっこうてん)」を公演した際の通訳も担当した。
 冷泉さんは、大学時代に入っていた絵画クラブの仲間と毎年、絵画展も開いて
いる。「財団法人の仕事をする前に知り合った友達といると心が解放される。ど
んな時にも友人がいてくれたおかげで、うまく自分の居場所を見つけていた気が
します」
(文・坂根薫)
 
 〈今もこの味〉
 ◆「手作り洋食屋さん里」 ライスグラタン 
 

約35年前、女坂のふもとに喫茶店として開店した。櫻井眞一さん(63)と
娘の理絵さん(30)が切り盛りしている。チキンライスにホワイトソース、パ
ルメザンチーズを削ってふりかけて焼くライスグラタン(700円=写真手前)
が定番メニューだ。5~6年前からは、ライスかマカロニかを選べ、ハンバーグ
やエビなど5種類の内のどれかをのせて焼くグラタン(750円)も。「ボリュ
ームに比べて安い」と女子大生らに人気だ。「40代以上の同窓会で、『懐かし
い』とライスグラタンとプリンパフェ(550円=写真奥)を注文されるグルー
プもありますよ」と理絵さんは話す。
 
 〈こんな学校〉
 ◆女子大初法学部開設へ 
 

本願寺の要職にあった足利義山の娘、和里子が、1899年に開いた顕道女学
院が創始。1910年、仏教婦人会連合本部が経営主体となってから今年で10
0周年を迎える。20年には大学の前身となる京都女子高等専門学校を設立。親
鸞の仏教精神による教育を建学の精神とし、女性の社会進出と地位向上に大きな
役割をはたしてきた。
 文学部、発達教育学部など4学部9学科に5468人が在籍。地方出身者も多
く、短期大学部生も含め、約800人がキャンパス内で寮生活を送っている。
 1年生から必修のキャリア開発科目を置き、卒業後の進路を意識させている。
専門教育に応じて28の免許、資格取得課程があり、毎年延べ2000人が取得
している。全学部で教職免許が取得できるのも特徴だ。就職率は高く、2009
年度の就職決定率は93・3%。
 来春は短大の募集を停止し、女子大初の法学部を開学する予定。竹内康弘法人
本部長は「法律的知識は、法曹界だけでなく地域社会で生きていく上でも不可欠
なもの。さまざまな世界で中心となって活躍できる女性を育てたい」と話す。
 
 〈OG〉 

斎藤茂吉短歌文学賞受賞者の歌人で宮中歌会始選者の河野裕子さん、交通事故
や司法問題をテーマに執筆や講演活動を行うジャーナリストの柳原三佳さんらが
いる。京都女子高等専門学校時代の卒業生には、「白い巨塔」「沈まぬ太陽」な
どで知られる直木賞作家の山崎豊子さん、詩人の中原澄子さんがいる。
 20年のキャリアを持つフリーアナウンサー南かおりさん、KBSラジオ「桂
都丸のサークルタウン」に出演中の柴田幸子さん、山田洋次監督の映画「京都太
秦物語」で初主演した海老瀬はなさんもOGだ。
        ◇
 この特集は毎月1回掲載します。以前の記事はヨミウリオンライン「関西発」
の「大学新時代」(http://osaka.yomiuri.co.jp/
university/)でご覧になれます。
  1. 2010/07/23(金) 15:28:12|
  2. ミカの日記

自動車保険、また値上げ??

 今月出版した『巻子の言霊』を読んでくださった方々から、毎日のように感想のメールやお電話をいただいています。
 この本に登場される松尾さんの人生に照らして、またそれぞれの方が今おかれている状況によって、感銘を受ける部分や共鳴する部分はまさに十人十色。
 感想文、ひとつひとつの内容の重さに、今までにない反響の大きさを感じています。

 さて、今日は下記のニュースが流れました。
 私はこれまで、自動車保険の払い渋り問題をたくさん取り上げて取材し、記事にしてきました。
 保険料を安くするためには払い渋りが不可欠だったのかもしれませんが、被害者に対して、そして契約者に対しても、あまりにもひどい対応が多すぎたのではないでしょうか。

『巻子の言霊』の中にも、究極の払い渋りの”手口”が登場します。
 100対0がはっきりしている被害者にさえ、損保会社はあのような主張を平気でしてきたのです。

 本を読んでくださった方からは、損保業界に対する憤りの声も、多数寄せられています。 


■損保3社が自動車保険料を値上げへ 収入減少に対応
7月22日11時16分配信 産経新聞


 日本興亜損害保険、あいおい損害保険、ニッセイ同和損害保険の3社は22日、年内に自動車保険の保険料を引き上げることを明らかにした。昨年7月に、自動車保険の保険料の目安である参考純率が引き上げられたのを受けて実施する。

 日本興亜は今年12月、自動車保険料を平均1・4%引き上げる。あいおいとニッセイ同和は、10月の合併時に発売する新商品で保険料を統一する。既存商品との比較で、あいおいは1%弱、ニッセイ同和は2%弱の引き上げになる。

 損害保険料率算出機構は各社の損害率などのデータを元に、保険会社の収支がバランスさせることができる保険料の参考値を参考純率として提示している。

 交通事故件数は減っているが、若年層の車離れや小型車の増加、事故を起こさない加入者の保険料を引き下げる等級制度などで、保険料収入は減少傾向にある。このため、保険会社の経営の持続可能性を考慮し、参考純率は引き上げられる傾向にあるという。

 東京海上日動火災保険は7月から、保険料を実質1%引き上げ済み。三井住友海上火災保険も、10月の新商品発売に合わせて保険料を平均1%引き上げる。損害保険ジャパンも、来春の引き上げを検討している。
  1. 2010/07/22(木) 21:00:04|
  2. ミカの日記

五島列島、素晴らしかったです!

 五島列島での講演を終えて戻ってきました!
 お天気にも恵まれ、心配していたプロペラ機の欠航もありませんでした。
(詳しい報告は、一緒に講演した藤本さんのブログをどうぞ↓)
NPO法人地域医療を育てる会・理事・藤本晴枝さんのブログ

 で、見てください、この海の色。
 日本で一番美しいと言われている、高浜ビーチです。
五島 高浜

 この日は、ペーロン大会も行われ、盛り上がっていました。
 地元の小学生たちは、「蛇踊り」を踊ってくれました。
 異文化の香りを感じます。
 帰りの飛行機の時間の都合で、ペーロンを漕ぐことが出来なかったのが少し残念でしたが、海の素晴らしさを堪能しました。
 ぜひもう一度訪れてみたい、素晴らしい島でした。
ペーロン大会
五島 三井楽
  1. 2010/07/21(水) 17:09:50|
  2. ミカの日記

明日は長崎県の五島列島(福江)で講演です!

 今日の千葉は、ものすごい暑さでした。
 クーラーの効いた部屋から外へ出るたびくらくらしてしまうほど。外でお仕事されている方は、どれほど大変なことでしょうか。
 そんな暑さの中、庭では夏野菜がぐんぐんと育っています。
 とれたてのゴーヤを薄くスライスして天ぷらにしたのですが、ちょっと苦くてサクッとしていて、夏のおつまみにはぴったりです。
 先日、沖縄料理店で食べたもずくの天ぷらも真似して作ってみたのですが、これもまた美味しい!!
 ぜひお試しください。

 さて、明日は長崎県の五島列島で、地域医療関連の講演を行います。
 早朝から羽田空港へ向かい、福岡空港へ。そこからはプロペラ機に乗り換えて、五島市まで飛びます。
 私、五島列島は初めてなので、とっても楽しみです。
 お近くにお住まいの方がおられましたら、ぜひ会場へお運びくださいね。

■7月17日(土)地域医療講演会

日時 2010年7月17日(土) 午後3時~
場所 福江総合福祉保健センター 4Fホール   
長崎県五島市三尾野1-7-1 

当日は、NPO法人地域医療を育てる会理事長の藤本晴枝氏と、柳原三佳(ジャーナリスト)が、1時間ずつ講演の予定です。


  1. 2010/07/16(金) 15:32:16|
  2. ミカの日記

『巻子の言霊』を読んで

 『巻子の言霊』を読んでくださったKさんから、長文の感想メールが届きました。
 了承を得ましたので、ここに転記させていただきます。
 Kさん、お体に気をつけて、ご家族を守ってさしあげてくださいね。

***************************************************


柳原 様

 『巻子の言霊』 家事の手伝いは、そっちのけにして読みきってしまいました。 
 読み終わった頃には家族も床に入っていましたので、涙が止めどなく流れている事を悟られない様に必死に堪えていました。

 この本を読み進んでいくに従って、私の人生とオーバーラップして読んでいるのに気付きました。
 時期と規模の違いこそあれ、松尾様の退職、そして 9・11テロの事件と、私の場合の東京での地下鉄サリン事件に免れた事、仕事中連絡を受け事故後2時間してようやく地域で評判の悪い病院に辿りついてICUで妻を見た時の別人の様になった姿、いろんな線や管、気管切開のポンプの音、まるでロウ人形の様に肌の色も艶も無く黄疸が出て微動だにせずベッドに横たわっている妻に近付いていく映像が、その場に居るような臨場感で蘇ってきました。
 
 モニターに表示されている波計だけが生きている唯一確認できるツールなのです。
 面会の制限時間を越えても家族控室に戻る事など忘れて、ひたすら今の自分に出来る事は何かを自分に問いかけ、声をかけたり冷たく冷えた足を摩ったりしながら波計の波が直線にならない様に気が付けば波形ばかりを見ていました。

 本を読んでいくうちに、私自身も、いつの間にか松尾さんの奥様のいらっしゃるICU室の中に居る様な気になっていました。
 ふと我に返り、妻の潰れた肺から流れ続ける少し黒い血は、この状態では生命の危険を告げられ、手術しても助かるかどうかと言われ、止血の為の手術に1%の可能性があるならと、承諾書にサインし執刀医に全てを託したのです。

 赤い手術中の明かりが灯る真っ暗なエントランスでどれだけ時間が経った事でしょうか? 
 私は妻に、
『こんな事故如きで死んじゃ駄目だ。まだ、子供も小さい。まだおまえにはする事がいっぱいあるだろう! 死ぬな! 死ぬんだったら俺が替わってやる! 俺は子供達に何も出来ないがおまえなら立派に3人の子供を育てられる筈。成人を迎え孫の顔を見るまでは死ぬなー! 神様、御先祖様、仏様、どうかどうか妻の命を救ってやってください! 私の命とすり替えてください!』
 と、汗と涙でグショグショになった指を汲んで必死に念じていました。
 後から来た妻の弟も一緒に手術室のドアの開くのを待っていました。

 明かりが消えドアが開き、執刀医に駆け寄り問い質すと、
『一命は取り留めました。でも、油断はできません。』
 と聞いた時、弟とお互いの肩を叩き合い2人で床に崩れ男泣きをしました。
 その後は、記憶がありません。

 妻は意識が戻るまで1ヶ月費やしましたが、その間面会時間を特別に許可を得て3時間おきにICU室に入り三日三晩、妻の体を摩り波計や点滴の名前を記録したり、看護師が他の重篤な患者を看ている時は、波計の状況やこちらの要望、必要なオムツの量などの連絡帳を作り、コミニュケーションをはかりました。

 しかし、妻の点滴の名前が他の男性の名前になっていたのを発見した時には唖然として、直ぐに看護師と医師を呼び付け、点滴の交換と処置を命じたのです。
 幸い点滴の量が少なかった為、大事には至りませんでしたが、あと1分私がICUに入るのが遅れていれば、他人の薬の入った点滴が妻の体内に流入して最悪の事態になっていた事でしょう。
 その事で更に病院に対する不信感が増し、ひたすら病院に頼らない看病が続いたのです。

 御主人の裁判の準備の間、巻子さんは覚醒後で一番辛い時期だったと思います。
 事故後、初めて見たご主人と病室、自分の置かれている現状に気が付き、体が動かない。喋れない。病室に響くポンプの音。自発的に出来ない呼吸。と、悟ったのはこの時期だったのでしょう。
 何故?何故?と自問自答したあげくの果て自身の体の異変に気づいてしまったショックは、想像を絶するものがあるに違いありません。

 意識が清明になり御主人と対面し、自分の異変に気付き、思わず口走ってしまった。まだ睡眠安定剤が残存していたであろう意識の中で発した言葉。
 『日本一愛しています』とフォローしたものの、居た堪れなくなり、こんな自分を消し去りたい!
『まみいをころして・・・・・』
 私自身、細くて重い溜息を洩らし、しばらくは先に読む事が出来ませんでした。

 ようやく気を取り直した先の文章は、裁判の委任弁護士が、私弁護士と同じ名前の弁護士である事に又、偶然を感じていました。

 日本とアメリカの裁判の賠償額があまりにも違う矛盾に、人の命の尊厳さを軽視した日本の裁判の判決に憤りを私は、傍聴支援をしてきていつも感じていました。
 最近ようやく感じた事ですが、私が裁判に踏み切れないでいるのも、そういった日本の裁判制度の表と裏、保険屋の被害者に対する否定の意義、過失割合と言う保険屋にとって都合の良い賠償額割引券。
 加害者と被害者の不均等な日本の救済措置。人を殺したり重い障害にしても、加害者の立場を尊重する刑事・民事裁判の在り方。
 決して、どの被害者も納得のいかない裁判が強いられて行く現実。 
 何と歯痒い苛立たしい日本の裁判。
 被害者の心情と苦痛を勘案すれば加害者の比では無く、判決を聞いた弁護士が言う ”画期的な判決でした”は、自分の仕事に満足している言葉にほかならない、被害者にとっては何の慰めにもならない言葉だと思います。

 懸命に看病なさるご主人を気遣い、労いの言葉をかけ、毎日の様に繰り返される『幸郎さんを愛しています』の、言霊の裏には、
”もう決して泣かない!殺してなんて言わない! この人と生きていられるこの幸せな時間を精一杯生きよう! と、いうどこまでもポジティブな巻子さんの心の力強さを感じます。

 ”赦し”につきましては、〔罪を憎んで、人を憎まず〕と、いう言葉を私も事故後、この7年間の経過の中で考えた事はあります。 妻と子供二人を傷つけた加害者とその夫に対しては、憎しみ以外何も考えられませんでした。 
〔目には目を。歯には歯を!〕の言葉通り、加害者に妻や子供達に同じ恐怖と苦しみを与えてやりたかったのは事実です。 が、しかしそれで一時的に気は晴れるかもしれませんが、精神1級、身体2級の重い障害を負った妻と、子供たちの障害は、今後何十年生きている限り背負っていかなければならない十字架の様なもので、事故が無かった場合の体や精神状態には、決して戻らないのです。

 確かに ”過ちは、人の常、赦すは神の業”かもしれません。 神との距離感が欧米とは違う者にとっては、神に近づけない苛立たしさを感じるのは凡人である故の未熟さなのでしょう。
 せめて被害者が苦しみ続ける一生の間の一部だけでも加害者に制裁を加えたくなるのも、神に近づけない人間の悲しい性なのかもしれません。

 私が常に思う事ですが、先天的にまたは後天的に障害を負ってしまった方々は、まさにデール・カーネギー著の 『 道は開ける 』の三つのメッセージを実践しているかに思える様な強い心を持ち一生懸命生きようとしている方が多いのには、驚かされます。
 妻も高次脳機能障害と両眼視野狭窄、肺機能障害、右方上下肢軽麻痺、構音障害 ・・・。巻子さん同様葛藤の末、前向きに必死に生きようとしています。

 ふと、開けた柳原さんのページで、出会えた松尾幸郎さんと巻子さん夫妻。
 そして素直で愛に満ちた子供さん達。
 私とは住む世界の違う方々ですが、何故か他人事ではない様な気がしています。
 もし可能ならば、お会いしてみたい。でもそれは、叶わない事。立入ってはならない領域。
 でもそれでいいんです。 同じ様な境遇の方が、力強く生きていらっしゃるお姿をこの本によって知ることが出来ただけで、私は光を見出せた様な気がします。
 私達家族も、松尾さんの様な愛情に満ちた家族に少しでも近づく事が出来ますように!
 お幸せに!


柳原様

 長くなりましたが、この本を読んだ感想とさせていただきます。
 私は、これからようやく裁判に突入しようとしています。 保険屋の攻撃も理解しているつもりです。
 何もしない0より、100 に成らずとも一つ一つ積み上げ、100 に一歩でも近づける様、戦うのみです。
また、スローダウンした時は、勇気と力をくださいね。

 これからも、柳原さんの益々の御活躍をお祈りします。
  1. 2010/07/10(土) 19:44:55|
  2. 『巻子の言霊』感想文

巻子さんからの『言霊』メッセージ

 昨夜、「巻子の言霊」の主人公である、松尾幸郎さんからメールが送られてきました。
 会話補助機を使って、巻子さんが綴ってくださった言葉でした。

 胸がいっぱいになりました。

 この本を書き上げることができて本当によかった……、心から、そう思えました。

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三佳さん

先週2日かけて〔本〕を読んで聴かせました。
昨日と今日にかけてもう一度読んで聴かせました。
読んでいる間は本人も集中しているようでした。

今日はお前の感想を聞きたいと言って操作。

〔みかさんに おれいが いいたいの〕

私は泣きながらこう伝えました。

(わかった。かならず今晩伝えておく。
 お前はこんな哀れな姿になったけれども、
 お前は誰にも知れず、犬死・野垂れ死にするのではない!
 お前は立派な人生を生きて来たのだ!
 それを世間の多くの人に知ってもらったのだ。
 この本を通して。。。。。)

帰り際に、又明日来るよと言ったらにっこりしました。

松尾幸郎
  1. 2010/07/09(金) 14:15:55|
  2. ミカの日記

『巻子の言霊』を読んで

 今日も、たくさんの感想メッセージが寄せられています。
 皆さま、本当にありがとうございます。
 差し支えのない範囲で、順々にご紹介していければと思っています。
 これは、ポポイさんという、被害者のお父様からいただいたメールです。
 ポポイさん、本当にありがとうございます。

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柳原様

御本読ませていただきました。 読み始めてすぐ引きこまれてしまいました。
ほかになにも手がつかず一気に読み終わっていました。

なぜか、いい映画を見たあとのような、清々しい気分になったのは何故でしょうか。

事故当時のこと、裁判、医療、加害者への思い、などなど、11年前から始まった我が家のことと重なり、胸が熱くなりました。
「あの時助からなかったほうが」という想いや、「心中」のことなど、おそらく多くの被害者家族が口に出すことができないでいることを、松尾さんは個人的なことも含めて公表されました。 敬意を表したいと思います。

レッツチャットを介して巻子さんと会話ができると知った時、松尾さんのお気持ちは如何ばかりだったことでしょう。
一文字一文字時間をかけて紡がれる言葉、お二人にとって魂の籠った確かな言葉なんですね。

大きな被害を負わされ、想像を絶する辛い毎日を「なにくそ」で乗り越えてこられたお二人。
今、その大きな被害を超える、別の何かを掴んだ、といえば言いすぎでしょうか。
「オルタナティブ」という言葉を思い出しました。

読後、清々しさを感じたのは、お二人が別の何かを掴んだ、という想いを抱いたかからかもしれません。

三佳さんの熱い思いが込められた本でした。
それこそ、魂がこもっていました。
  1. 2010/07/08(木) 19:01:45|
  2. 『巻子の言霊』感想文

『巻子の言霊』に寄せられた感想文から

『巻子の言霊』が、全国の書店に並びました。
 本を読んでくださった方々から、さっそく、感動の声が寄せられています。
 読む方の立場や経験、年齢などによって、感じられることは様々ですが、私自身、皆さまからの声を読ませていただき、心を揺さぶられています。

 昨日届いた、30代の女性の方からの感想文をご紹介します。
 彼女は大切なお母様が交通事故に遭われました。
 一言も会話を交わすことができないまま、意識を回復されぬまま、10年以上入院生活を続けられたそうです。
 感想メッセージをお寄せいただき、本当にありがとうございました。

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『巻子の言霊』を読ませていただきました

本の表紙を見た時、巻子さんのお顔が、母の顔と重なり涙が溢れ出て来ました。
 それを隠そうと、主人と娘に「ママのママに似ているね」と、おどけて見せたりしました。
本をリビングに置き、なんだか読むのが怖くて、なかなか読み出すことが出来ませんでした。
 今まで封印していた気持ちが溢れ出すのが怖かったのだと思います。

 数ページ読み、涙が溢れ、本を閉じ、数ページ読み、涙が溢れ、また本を閉じ……。
 途中、涙声で電話で出てしまうほど入り込んでしまいました。
辛かった過去を封印し、忘れよう忘れようとしていたさまざまな思いが、母のことと重なりました。

本当に、損保会社、そして損保側の弁護士とのやりとりは、憤りを覚えるほど辛く苦しい日々でした。
私は現実を受け止めるのに3年はかかったかと思います。交通事故で植物状態になった母でしたが、それでも治ると信じていました。
 なので、頑張れたと思います。

「レッツ・チャット」を用いて巻子さんと会話が出来るのは、とっても羨ましく思いました。
 私も未だに、母と話したく、母が何を考えていたのか知りたいです。

 松尾さんの、加害者への思いも、痛いほどよくわかりました。
 私も、母の姿を見て謝って貰いたいと思い、一度だけ調書に書かれていた住所をたよりに加害者の自宅へ行った事がありました。
 留守でした……。
 今、振り返れば留守でよかったかなと思います。
 私が加害者になっていたかも知れません。

松尾さんご夫妻が、1日でも長く会話が出来ることを願っています。
 とても素敵なご夫婦だからこそ、悔しいですね。

この感想文を打ちながら、涙がボロボロと出てしまい、横にいた娘が「ママ大丈夫?」と、言いながら背中をさすってくれました。
 母も天国から私の姿を見て安心していると思います。
 娘に「もう少しお姉さんになったら、この本を読んでね。ママも同じような経験をしたんだよ」と、言いました。

柳原さん、交通事故被害者がどれだけ苦しい思いをして生きているのかを活字にして下さっていることに感謝します。
 お体に気をつけてお仕事頑張ってくださいね。
  1. 2010/07/08(木) 07:21:48|
  2. 『巻子の言霊』感想文

今週の「週刊朝日」(2010.7/16号)

 今週発売の「週刊朝日」」(2010.7/16号)に、柳原三佳の記事が掲載されています。
 新刊『巻子の言霊』の主人公であるご夫婦のケースを取り上げながら、尊厳死の問題について考えます。

■「週刊朝日」」(2010.7/16号)

日本では殺人、外国では法制化
尊厳死の遺言「リビング・ウィル」の現実

「人間らしい死を選びたい」

(リード)
不治の難病や末期がん、回復の見込みがない重い障害に苦しむ人の中には、人工的な延命措置を拒否し、尊厳ある安らかな死を望む人が少なくない。今、世界各国では、尊厳死や安楽死の法制化が進んでいる。日本でも、尊厳死を取り巻く事情は変わりつつある-----。交通事故で、全身麻痺となった妻の介護を続ける男性のケースで考えたい
 
  1. 2010/07/05(月) 18:28:45|
  2. 柳原三佳の執筆記事

『巻子の言霊』一部地域で本日発売! 今日fで事故から4年経ちました

 昨日、奥尻島から帰ってきたのですが……、なんと、1日1便の函館行き航空便が、霧で突然欠航に!!
 結局、1日1便のせたな行きフェリーに乗り換え、タクシーを使って計5時間半かけて函館空港へたどり着き、なんとか最終便で羽田へ戻ってきました。
 ほんとに、「離島」を甘く見てはいけませんね……。
 それにしても、本当に美しい島でした。
 風景も、そして、その地に住まわれている人々の心も。
 17年前の7月12日、地震と津波、そして火災によって壊滅的な被害を受けながらも、前向きに復興されてきた歴史を伺い、本当に感銘を受けました。
 一方、離島の医療のぎりぎりの闘いも目の当たりにし、この現状を広く伝えていかなければならないと強く思いました。

 さて、今朝の「朝日新聞」に、新刊
『巻子の言霊 ~愛と命を紡いだ、ある夫婦の物語』(柳原三佳著/講談社)
 の広告が掲載されました。
『巻子の言霊』

 早速、お買い求めいただいた一部地域の皆様、本当にありがとうございます。
 ご注文いただいた方々には、順次発送してまいりますので、今しばらくお待ちくださいね。

 実は、偶然なのですが、今日、7月1日は、この本の主人公である巻子さんが交通事故に遭われた日です。
 あの日から早くも、4年の歳月が流れました。

 奇しくも、4年目に当たるこの日に、『巻子の言霊』が発売となる……。
 不思議な力を感じています。
 
 ご主人の幸郎さんは、一足早く届いた見本誌を、巻子さんの枕元で少しずつ読まれているそうです。
 巻子さんはどんな感想を持ってくださるでしょうか。
 そしてこの本を手に取られた読者の方々は……。

 皆さまのご感想、お待ちしております!

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『巻子の言霊』の内容は、下記のチラシの通りです。
http://www.mika-y.com/img/makiko.pdf

また、このご夫婦の動画はこちらでも紹介しております。
http://www.youtube.com/watch?v=wfgmvpcMyTE
  1. 2010/07/01(木) 15:22:18|
  2. ミカの日記

プロフィール

柳原三佳

Author:柳原三佳
<ジャーナリスト・ノンフィクション作家>
交通事故、司法問題等をテーマに執筆や講演活動を行う。「週刊朝日」などに連載した告発ルポをきっかけに自賠責制度の大改定につながったことも。2004年からは死因究明問題の取材にも力を入れ、犯罪捜査の根幹に一石を投じてきた。著書に「家族のもとへ、あなたを帰す ~東日本大震災 歯科医師たちの身元究明」「遺品~あなたを失った代わりに」「巻子の言霊~愛と命を紡いだある夫婦の物語」「交通事故被害者は二度泣かされる」「自動車保険の落とし穴」「死因究明~葬られた真実」「焼かれる前に語れ」「交通事故鑑定人」「示談交渉人裏ファイル」「裁判官を信じるな」など多数。」「巻子の言霊~愛と命を紡いだある夫婦の物語」は、NHKでドキュメンタリードラマ化された。「実父を医療過誤で亡くし、自らも医療過誤被害を受けた経験があり、現在は医療問題にも精力的に取り組んでいる。千葉県在住。自宅の裏庭に、「古民家(長屋門)」を移築し、スローライフも楽しんでいる。
■柳原三佳のHP http://www.mika-y.com/

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