柳原三佳のブログ

交通事故・死因究明問題などを追及する柳原三佳からの情報発信。あるときはジャーナリスト、あるときはノンフィクション作家、でも、1日の大半はお料理と芝刈りが大好きな「主婦」してま~す!

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交通事故の死者が12年連続減少

 昨年度の交通安全白書がまとまりました。
 交通事故死者、12年連続の減少だそうです。

 それでも、4411人もの方が、24時間以内に亡くなっているのですね。

 記事の中に、亀岡で起こった事故のことも出てきますが、ご存じのとおり、犠牲となった妊婦さんのおなかの中で亡くなった赤ちゃん(胎児)は、交通事故死者数にはカウントされていません。

 これから生まれてきて元気に育ったであろう赤ちゃんや、事故の後、24時間以降に亡くなった方などを合わせると、まだまだ交通事故死者は増えると思われますが、一方で、私が交通事故の取材をはじめた二十数年前から比べれば、犠牲者の数は大きく減少していることを実感します。

 交通事故による悲惨な被害を1件でもなくしていくため、みんなで頑張っていきたいですね。

 共同通信の記事をご紹介します。

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■交通事故の死者が12年連続減少 12年は4411人  13年版交通安全白


 政府は28日午前の閣議で、2013年版「交通安全白書」を決定した。

 12年の交通事故による死亡者数は前年より252人減の4411人となり、12年連続で減少。死亡者の減少についてシートベルトの着用率向上やブレーキの技術改良などを要因として挙げた。

 事故死者数のうち65歳以上の高齢者は2264人と全体の51.3%を占めた。警察庁に記録が残る1967年以降、最も高い割合となった。

 高齢者の死亡者のうち49.0%が歩行中の事故で、「自動車乗車中」(26.1%)、「自転車乗車中」(16.1%)と続いた。

 一方、飲酒運転による死亡事故発生は前年より14件少ない256件で、警察庁の記録が確認できる90年以降最少となった。飲酒運転に対する罰則強化が奏功したと指摘している。

 白書は昨年4月、京都府亀岡市で無免許運転の車が小学生らの列に突っ込んで10人が死傷した事故や、乗客7人が死亡した群馬県藤岡市の関越自動車道ツアーバス事故などの具体例を紹介。事故の未然防止に向けた政府の取り組みなどを紹介した。〔共同通信〕 

: 平成24年版交通安全白書[全文]  http://www8.cao.go.jp/koutu/taisaku/h24kou_haku/index_pdf.html
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  1. 2013/05/28(火) 16:10:01|
  2. ミカの日記

『婦人公論』(6/7号)にインタビュー記事

 明日発売の『婦人公論』(6/7号)に、『巻子の言霊 ~愛と命を紡いだ、ある夫婦の物語~』(柳原三佳著・講談社)の主人公である、松尾幸郎さんへのインタビュー記事が掲載されています。

 事故から7年、奥様が全身まひとなってからの苦悩の日々が語られています。
 ぜひ読んでみてください。

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全身マヒの妻を支え続けて

まばたきで紡ぐ 夫婦の会話


(リード)

『プッシュ― プッシュ― プッシュ― ……』人工呼吸器の音が、絶え間なく、規則正しく響く。その小さな病室の中で、まばたきだけをたよりに、声なき会話を紡いできた夫婦がいる。富山県に住む松尾幸郎さん(76)、巻子さん(69)。夫妻の人生を一瞬にして変えたのは、7年前に起こった交通事故だった。


↓ インタビューのもととなった、『巻子の言霊』

新オビ
  1. 2013/05/21(火) 17:47:55|
  2. ミカの日記

悪質運転ZEROの会が愛知県知事に面会

 昨日、悪質運転ZEROの会が愛知県知事に面会されました。
 このブログに3回にわたって手記を寄せてくださった、鈴木さんのご遺族も一緒でした。
 昨夕のNHKニュースの映像が届きましたので、ごらんください。


  1. 2013/05/18(土) 12:46:50|
  2. ミカの日記

名古屋ひき逃げ死亡事件・ご遺族の手記(その3)

 
昨日、5月15日の、秤谷(はかりや)さんの手記の続きをアップします。
●秤谷さんのブログ

 初めて読まれる方は、14日のブログからお読みください。

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私たちはYouTubeで、息子さんを悪質事故で亡くされた眞野さんを見つけ、眞野さんが活動されている姿を毎日励みにしてきました。
 眞野さんも頑張っている、私達も頑張ろう、でも、どうしたら眞野さんと連絡が取れるのか? 毎日、毎日、懸命に探しました。

 パソコンの苦手な私がまずやってみたのは、Twitterでした。次は、Facebook、次はブログを作りました。
 実名で。 秤谷幸恵で。
 とにかく、わかって欲しい。父の死を無駄にしたくないと、必死に作りました。
 私と主人は、人間不信と落ち込みの中で鬱症状が現れ、眠れない日々が続いていました。

 8月17日には愛知県警の南警察に行ってきました。
 理由は、立て看板を立ててほしいという依頼です。
 警察はドライブレコーダーがあるからと、立て看板も立てず、処分保留で加害者を釈放したので、私たちの怒りは収まらなかったのです。
 にもかかわらず、交通課の担当は主人を逆なでする言葉ばかりを並べました。頭に来た私は、
「今日中に立て看板が立てられなかったら、上級省庁に告発する」
 と詰め寄ったところ、やっと看板が立ちました。8月18日のことです。

 でも、私達は看板を見て、愕然としました。
 確かに、看板は立っていましたが、ひき逃げ死亡事故ではなく、ただの交通事故になっていたのです。
 怒りはまた込み上げ、南警察に電話をしました。
 ひき逃げによる交通死亡事故であることがわかるよう、書き直してほしいと、検察庁にも電話をして言いました。

 過去に担当副検事は、「泥酔状態の酔っ払いが道路で寝とった、と言われたら、加害者は無罪」と言ったくらいなので、適当にあしらわれていたのでしょう。
 あまりにも、わかりやすい態度でした。
 たしかに父はお酒を飲んでふらついたかもしれません。
 しかし、人を轢いたら、その場で止まって救護するのがドライバーの義務ではないでしょうか。
 ところが、加害者の処分は信じられないものとなりました。

 ある日突然、検察庁から連絡があり、
「自動車運転過失致死は略式にします。道路交通法違反、つまり轢き逃げは不起訴にします」
 と言われたのです。

 納得できなかった私たちは、11月15日、弁護士さん、父と一緒にいた目撃者と共に検察庁に出向きました。
 副検事は今まで、「泥酔状態の酔っ払いが道路で寝とった」と言い続けていましたが、急に言葉を変え「お酒を召されていたみたいですので」と言いました。

 しかし、たとえ父がお酒を飲んでいたとしても、検事に責められる理由はわかりませんでした。父はひき逃げ事故の被害者なのです。検察は、被害者の味方でなければいけないのでは?
 とにかくこの日は、副検事が加害者の弁護人?と感じるほどでした。

 こちらの言い分は、上申書にも書いたように、現場は見通しの良い直線道路であった、事故現場は、夜とはいえ、明るさは十分でしたし、事故の瞬間は加害車両の後ろのタクシーのドライブレコーダーでも確認出来ました。 この画像をしっかり解析すれば、衝突時の衝撃や加害車の速度もはじき出せるはずです。

 ところが副検事は、
「加害者は普通の大人しそうなサラリーマンです。裁判官の前で泣きながら、『本当に人だと思わなかったんです』といえば、裁判官は信用するでしょうね」
 と言うのです。挙げ句の果てには、
「僕にも上司がいますので、上司がハンコをついてくれないんですよね」
 とまで。

 私たちの弁護人が、
「では、上司宛に上申書を内容証明で出します」
 と言ったところ、急に慌てふためき、
「いえいえ、私の責任で」
 と言い出しました。

 その後、私たちのところに、書類が届きました。
 内容は自動車運転過失致死が略式30万で終わったこと、轢き逃げが不起訴になったこと。

 私達はこの出来事にどうしても納得できず、12月に地方検察庁宛に内容証明を送りました。
内容は、まるで加害者の弁護人の様な検察の態度が気に入らないこと、担当副検事を変えて欲しいこと、再捜査して欲しいこと……、などです。
 そして、12月22日に新しい検事から連絡がありました。
 内容は、「私が事件を見直します」とのこと。
 12月25日、直接会いに行きました、今度は正検事でした。
 この方には、私達の思いを告げ、簡単には信用出来ないことも告げましたが、事故現場を封鎖して目撃者立会いでの実況見分をやったり、近所の聞き込みをしたり、自宅で音を聞いた方の自宅に行って証拠化をし、その方の自宅までの寸法を測ってくれたりしました。
 本当によくやってくれたとは思います。

 年が明け、1月11日には検察審査会に申し立てに行きました。
 そして、1月25日付けで「再起」となりました。
「再起」とは、不起訴処分を取り消し、再捜査をおこなうということで、とても珍しいことだそうです。
 ところが、3月に入り、検事からの電話でまた奈落の底まで突き落とされました。
 ひき逃げについてはまた不起訴、だというのです。
 私は、前の副検事のずさんな捜査を隠す為、誤魔化すために正検事が出てきたのですか?と、泣きながら訴えました。
 すると検事も少し涙を浮かべ、「秤谷さんがあんまり泣くから、僕まで涙が」と言い、言葉に詰まっていました。
 衝突の衝撃は、地震に例えると震度6強から7であったこと、また、音を聞いた方の自宅まで20m以上あることなど、検察審査会に書面で提出すると約束してくれました。この検事は最後までよくしてくれました。

 その後、不起訴処分に納得が行かない私たちは、地検、高検、最高検まで、内容証明を送りました。初動捜査がずさんだったので、とにかく再捜査してほしいと書き綴りました。
 4月9日に、不服申し立てを受理しましたという手紙が高検から届きました。
 私は、次の日に朝一番で、高検に電話をして、受理した後、どうするのか? きちんと、話をして下さいと詰め寄りました。夕方までお待ち下さいと言われ、約束通り連絡を貰いました。
副検事については、地検で対応する。不起訴処分については高検で対応するが、どの様な対応になるかは、まだ、具体的に決まっていないとのことでした。
 そして、4月27日、私たちの弁護人宛に検察審査会の議決が届きました。議決内容は「不起訴不当」というものでした。
 この結果には満足していますが、「不起訴不当」の議決が得られたと言って、必ず起訴されるとは限りません。私たちも気を抜かず、証拠集めや署名活動に力を入れていきたいと思います。


●眞野さんとの出会い

 検事の対応の悪さに苦しめられていた私達は、事故が起きてから12月まで、眞野さんを捜し続けていました。
 私達は同じ気持ちで、戦っている眞野さんにどうしても連絡がとりたかった、聞いて欲しかったのです。
 ある日、友人からの電話で、「幸恵さん、佐藤ゆうこさんのブログを見てください」と言われ、Twitterでの眞野さんの名前がわかり、時間も考えず、即座にmailを飛ばしました。
 眞野さんは夜中なのに、すぐに連絡先を教えてくれました。
 そして、すぐに、会いに来てくれたのです。

 眞野さんにどれだけ支えてもらったか、私達にとって、どれほど大きな支えになったかわかりません。
 私達も眞野さんに連絡が取れるまで、かなりの時間を費やしたことなどから、次の被害者遺族の方も同じ思いをされるであろうことは想像がつきます。
私達はたまたま、気が強く粘り強かったから良かったですが、途中で諦めていたらと思うと、ゾッとします。
こうした体験から、私たちで良ければ、次の被害者の遺族の為に何か出来ないか? と考え、三佳さんにも、mailしています。

 私の携帯番号は、080(5113)0226です。
 署名活動も行っていますので、ぜひお力添えいただければ幸いです。
 交通事故の被害者はそれぞれに孤独ですが、みなで力を合わせて、理不尽と闘っていきましょう
  1. 2013/05/14(火) 10:51:02|
  2. ミカの日記

名古屋ひき逃げ死亡事件・ご遺族の手記(その2)

 昨日、5月14日の、秤谷さんの手記の続きをアップします。

 初めて読まれる方は、14日のブログからお読みください。


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 車は加害者の会社の持ち物で、接待の帰り道でした。
 加害者の会社は トヨタの分社の分社で、保険もきちんと入っていました。それなのに、約1週間まったく連絡も貰えず私達は不安であったことを告げました。
「なぜ、会社側、加害者親族は連絡をして来なかったのですか?」と問いかけましたが、「すいません、警察が連絡先を教えてくれなかった」と言い訳をしていました。
それを聞いた私達の保険屋さんが「調べる気になったら、調べれられるはずだ」と言って、葬儀場の案内を出しました。そこには、父のお通夜告別式の案内が書いてありました。

 それから5日たち、保険会社)から連絡があり、事故現場前の喫茶店でお会いしました。
 この時、はじめて加害者の住所を知りました。

 それから、私達の戦いが始まりました。
 まずは、警察に立て看板を立てる様お願いました。
 ところが、何度も何度も言いましたが、立ててくれないのです。
 私達は、第一目撃者で父のお弟子さんであるYさんに連絡を取り、父がひき逃げされる直前、何をしていたのか? 誰と一緒にいたのか? と聞いていきました。
 話しによると、父はKさんと他の方(女性)と一緒にお酒を飲んでいた事がわかりました。Kさんは、加害車の後続車がタクシーであったこともはっきり覚えていました。

 そこでまずは、タクシー会社に片っ端から連絡をして、運転手さんにお礼が言いたいと言ったところ、連絡をいただけました。その時、運転手さんに「ドライブレコーダーの映像が見たいのですが」と尋ねると、会社の電話番号を教えていただくことができました。

私達は、すぐに会社に連絡をして、デジカメを持ってタクシー会社に行きました。ドライブレコーダーのメモリーが欲しいとお願いしましたが、警察にお渡しする事しか出来ないと言われたため、仕方がないので、保存されていた動画をデジカメで録画して帰ってきました。その後、事故現場に行って血痕を見ると約7メートルも続いていましたので、早速、写真を取りに行きました。

 目撃者探しもしました、理由は、柳原三佳さんが出演していた「スーパーモーニング」の交通事故の特集番組中で、「警察はなかなか動いてくれない」と言っていた事を覚えていたからです。

 それから何日かたった頃、自宅で物凄い音を聞いたという方と連絡が取れました。その方は、11時頃まで、父と一緒に飲んでいたということで、その後、自宅でテレビを見ていた時に、ドカーンとかズットンとか、表現は難しいですが、とにかく、物凄い音が聞こえたので、ひょっとして、父がわがままを言って車でも運転し、アクセルとブレーキを間違えてお店にでも突っ込んだのか? などと思い窓から見たそうです。

 しかし、そのような様子はなく車は、誰の姿も見えなかったため、安心して部屋に戻ったそうです。
 それから、しばらくすると、救急車や警察のサイレンが響いた為、再度、部屋から見た所、父が担架に乗せられていたので、急性アルコール中毒かな? 飲みすぎたのかな?と、思っておられたようです。

 その方は、「検察庁に行って、証言をするよ」と言ってくださったので、8月7日、一緒に行って来ました。証言は確定記録の中にあります。加害者が黙秘していると聞いていましたので、内容証明を加害者に送りました。
(貴方が否認をしていると聞きました。一人の人が亡くなった現実を受け止め、認め、きちんと謝罪して欲しいです。すべて本当の事を話さない限り一生何も変わりません、私たちも許しません。被害者家族) という内容です。加害者からは何の連絡もありませんでしたが、8月16日、加害者は何の処罰もされず処分保留で釈放になりました。

 その時、検察官から連絡が入りましたが「加害者を処分保留で釈放にします」という一言で終わりました。
 言い忘れましたが、加害者は、逮捕された次の日には、会社のほうで弁護士を三人も付けていたそうです。
そして、四十九日の日、加害者は父親と2人で来ましたが、機械的に「すいません」というだけで。そそくさと帰って行きました。

 私達は今回の事故が起きるまで、交通事故の厳罰化の議論については、はっきり言って、他人事の様に思っていたかもしれません。あまり、深く考えていなかったのかもしれません。
 ですが、父の事故が起こる前、うちの会社の取引先の関係で、名古屋市北区の眞野さんの署名が回ってきたとき、あのような悪質事故でなぜ加害者が危険運転致死傷罪に問われないのか、大きな疑問を抱きました。そして、これは何としても協力したいと思い、得意先等に依頼をして、約100名分の署名を集めた記憶があります。
 そんな矢先に、父がひき逃げ事故で亡くなってしまったのです。

 (つづく)
  1. 2013/05/14(火) 10:44:47|
  2. ミカの日記

名古屋ひき逃げ死亡事件・ご遺族の手記(その1)

 

 名古屋で起こったひき逃げ死亡事件のご遺族から、私のもとに届いたメッセージ(体験談)を、ここで数回に分けてご紹介します。

 大人の男性を車ではねて、車を止めることもせずそのまま走り去り、1時間半後に現場に戻りながら、「人とは気付かなかった」の一言がとおるのでしょうか……。
 また、事故の瞬間は後続タクシーのドライブレコーダーに記録されており、その映像から供述の真偽は検証可能なのに、なぜ?

 現在、署名活動も展開とのことです。
 秤谷さんのブログも合わせてご覧くださいませ。
●秤谷さんのブログ

★秤谷さんのメール  n.y-company@wine.plala.or.jp

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 私は名古屋市在住の、秤谷(はかりや)幸恵と申します。
 昨年の夏、義父がひき逃げ事件で亡くなり、その後、警察や検察の理不尽な対応と闘い続けてきました。
 現在は、全国悪質運転ZEROの会のメンバーとして、同じく名古屋市内で息子さんを悪質事故で亡くされた眞野哲さん、そして支援者の西川さんらと活動しています。
 うまくは言えませんが、父の命を絶対に無駄にはしたくない。少しでも、悪質な交通事故が減る事を願い、私たちの命がある限り戦う事を決めました。

 父が事故に遭うまでは、まさか自分たちが交通事故の遺族になるなんて想像もしていませんでした。
 でも、いざ当事者になったとき、積極的に必要な行動がとれたのは、それまでに得ていた情報や、先に辛い体験をされた交通事故遺族の訴えを耳にしていたおかげでした。
 ですから、私たちもこの体験多くの皆さんに知っていただきたいと思い、これまでの経緯を公開させていただきたいと思います。


●事故発生

 昨年、平成24年7月27日、名古屋市南区寺崎町前市道で事故は起こりました。
 その日、夜中に突然部屋の電気がついたので、私はびっくりして目が覚めました。
 ふと見ると、主人が立っていました。私が「どうしたの?」と云うと、主人は「父ちゃんが轢き逃げされた」と言いました。
 私は、「夜中に冗談はやめてよ」と言ったのですが、何だか様子がおかしいので、「お父さんは?」聞きかえしたところ、主人はぶっきらぼうに、「死んだ」「死んだ」と二回続けて言いました。
 急いで着替え、事故現場にむかいました。
 到着したそこは、もの凄い光景で、ただ唖然とするばかりでした。

 父は乗用車に左胸を轢かれ、数メートル引きずられたそうです。
 加害者は車を止めることもせず、道路の真ん中で倒れていた父を救護することなく、そのまま走り去りました。 そして1時間半たってから事故現場に戻り、自動車運転過失致死と道路交通法違反轢き逃げの容疑で逮捕されました。
 そのとき、「加害者は今パトカーに乗りました」という声が聞こえました。父が事故に遭う瞬間を見ていた、第一目撃者のK さんの声でした。
気がつくと、私はパトカーのほうに向かい、加害者に向かって興奮気味に叫んでいました。

「何で人を轢いて逃げたんだ!」

 しかし、パトカーはあわてて、加害者を乗せたまま本署に行ってしまいました。
 今思えば、その時はまだ、『逮捕』ではなく、『任意同行』だったそうです。

 私たちはその場に放置されたまま、どうしたらいいのかわからないまま、父の運ばれた名古屋市立大学病院に向かいました。

 病院の救命救急センターに到着してすぐ、父の部屋を訪ねました。
 私は父が、「幸恵、徳仁、おっせぇなぁ!」そう言ってくれると思っていました。
 でも、父は寝たまま、何も話しません。
 そこへドクターが来て、「左胸を触ってみて下さい」と言われました。おそるおそる触ってみると、父の胸はもう、ベコベコでした。
 「タイヤで踏まれたのか、轢いていかれたのか、とにかく、これが致命傷です。右足も複雑骨折していましたが、致命傷がはっきりしているので、レントゲンも撮っていません」ドクターはそう説明されました。

 病院で死体検案書をもらうまで、2時間くらい警察が来なかったので、ドクターもずいぶんピリピリされていたことを覚えています。
 ようやく警察が到着し、一番に渡されたのは、「被害者の手引き」でした。
「しっかり読むように」とだけ告げられました。

 警察官が検視をおこなっている間、私達は外で1時間位待っていました。夜中の3時頃でしたが、あまりに、突然の出来事だったので、会社でお世話になっている保険屋さんに電話をして、ことの次第を説明しました。
 その時私は、数年前に見た「スーパーモーニング」というテレビの特集を思い出しました。
それは、ジャーナリストの柳原三佳さんが出演していた『もう、泣き寝入りはしない』という交通事故の特集で、被害者が亡くなったり重傷を負ってしまうと、加害者の言い分だけが通って、真実が曲げられてしまうというものでした。
 事件によっては、警察や検察が証拠を捏造されたり、隠滅されることもあるというのです。
 なぜ、被害者の遺族がここまで、ここまで苦しめられるのか。でも、最後に真実を解明してくれるのは、事故の痕跡、証拠しかない……、そのことが強く印象に残っていたのです。

 とり急ぎ連絡を取った保険屋さんは私が17歳からの知り合いで、もう21年のおつきあいになります。色々な相談にのってくれる父親みたいな方でしたので、その人に、いの一番に相談しました。
 私は警察の話すことが、なぜか初めから信用できなかったのです。

 検視の後、警察が1時間位で出て来ました。
 警察官は私達に「お父さんの静脈の血液を3本貰いましたので、書類に署名してください」と言いましたが、私は、家族が同意する前に血液を抜いた事が許せず、「どういうことですか? 順番がおかしくないですか?」と言い、注射器等の写真を撮りました。

 その後、警察は父の携帯電話も貸してくれと言いましたが、私達は渡しませんでした。
 警察に協力をしないということではありませんが、父が亡くなったことを、父の友人関係やお客さん、生前お世話になった方々に連絡しなければいけなかったので、携帯電話を渡してしまうわけにはいかなかったのです。
 警察は「証拠、証拠」と騒いでいましたが、父の草履、服、入れ歯などが、事故の状況を全て物語っているのではないかと、そのとき私は思いました。

 大体、父はひき逃げ事件の被害者なのです。ドクターが胸の上を車が走った事は間違いないと言っているのですから、それが何よりの証言ではないでしょうか。
 すでに何もかも、順番が違うことに不信感でいっぱいでした。

 その時です、加害者はまだ逮捕されていないということを聞かされました。警察はそれでも「必ず、逮捕、拘留する」と言っていました。
 私たちはさらに不信感を覚えながらも、ただ、とにかく父を早く葬儀場に運んであげたかった。そして、家族に連絡しなければ、従業員やお客さんやたくさんの人に連絡しなければ……と、とにかく、色々な事を考えました。
その後、区役所に手続に行き、花屋さんに連絡し、果物屋さんに連絡をし、主人と二人になった時、はじめて加害者の話になりました。
 私はあのとき、警察官に制止されるまで、とっさに加害者の男をパトカーから引きずり降ろそうとしていましたので、加害者の顔は覚えておりました。
 たぶん三十代後半、私と年が変わらないかんじでした。きっと家庭を持ち、子供もいるであろう、だから、なるべく穏便に済ませようと話し合いました。
 ところが、父が亡くなって、お通夜、告別式と日にちが過ぎても、加害者からもその家族からも何の連絡もありません。加害者の父と加害者の妻から連絡があったのは、事故から6日後のことでした。
 あまりの誠意のなさに呆れ、許す気持ちも薄れかけていましたが、加害者の会社の所長、加害者の妻、加害者の父親、三人で事故現場の近くの喫茶店に行きました。まるで、他人事の様な謝罪でした。

 (つづく)



  1. 2013/05/14(火) 10:38:42|
  2. 読者からのメッセージ

『ベルフラワー』と『洗濯物』

昨年、コウタくんのお母さんから分けていただいたベルフラワーが、今朝、綺麗に咲きました。

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偶然なのですが、今日はコウタくんの9回めの命日です。

私が一昨年出版した『遺品 あなたを失った代わりに』の中の、「洗濯物」というエッセイに、コウタくんが登場してくれています。

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 9年前、コウタくんが小さな手で干した洗濯物は、今もあの日のまま。

 交通事故は、家族の時間を止めてしまうのですね……。
  1. 2013/05/09(木) 18:23:10|
  2. ミカの日記

WEBミスターバイクコラム、更新

 ゴールデンウィークもあっという間に終わってしまいましたが、皆さんいかがお過ごしでしたか?
 私は庭で草花の手入れをしたり、最終日には栃木のツインリンク茂木に行ってオールドバイク(レーサー)の走行会を見たりと、いろいろ楽しんできましたl。

 その模様は、下記のフェイスブックにアップしましたのでご覧くださいませ。
 動画もばっちり! 珍しいエンジン音もお楽しみいただけますよ~。

●柳原三佳のフェイスブック

 今日は、久々に、ミスターバイクのコラムを更新しました。
 次はツーリング企画でも立ててみようかしら?

●WEBミスターバイクコラム

 さて、今日も頑張ってお仕事しましょ。
  1. 2013/05/08(水) 11:41:21|
  2. ミカの日記

プロフィール

柳原三佳

Author:柳原三佳
<ジャーナリスト・ノンフィクション作家>
交通事故、司法問題等をテーマに執筆や講演活動を行う。「週刊朝日」などに連載した告発ルポをきっかけに自賠責制度の大改定につながったことも。2004年からは死因究明問題の取材にも力を入れ、犯罪捜査の根幹に一石を投じてきた。著書に「家族のもとへ、あなたを帰す ~東日本大震災 歯科医師たちの身元究明」「遺品~あなたを失った代わりに」「巻子の言霊~愛と命を紡いだある夫婦の物語」「交通事故被害者は二度泣かされる」「自動車保険の落とし穴」「死因究明~葬られた真実」「焼かれる前に語れ」「交通事故鑑定人」「示談交渉人裏ファイル」「裁判官を信じるな」など多数。」「巻子の言霊~愛と命を紡いだある夫婦の物語」は、NHKでドキュメンタリードラマ化された。「実父を医療過誤で亡くし、自らも医療過誤被害を受けた経験があり、現在は医療問題にも精力的に取り組んでいる。千葉県在住。自宅の裏庭に、「古民家(長屋門)」を移築し、スローライフも楽しんでいる。
■柳原三佳のHP http://www.mika-y.com/

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