柳原三佳のブログ

交通事故・死因究明問題などを追及する柳原三佳からの情報発信。あるときはジャーナリスト、あるときはノンフィクション作家、でも、1日の大半はお料理と芝刈りが大好きな「主婦」してま~す!

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

「木村事件」時効迎える

「木村事件」、ついに時効を迎えました。検察の捜査力のなさに、怒りと悔しさを感じています。
 早速、北海道の前田さんが報告を寄せてくださいました。いつもありがとうございます。
 また、今日は前田さんのお嬢様の命日でもあるのですね。こころよりご冥福をお祈りします。

 前田さんからのお知らせを、紹介させていただきます。

 前回(報告とお願い 2006-10-18)お知らせの中標津木村悟君事件ですが、
 告訴した傷害致死事件としては遂に7年の時効を迎えました。
木村さんは、地検から再々度「事件性なし」との不起訴決定を受けた後も、時効までの短時日に出来る限りの行動を続けています。

 実は、今日は交通犯罪の犠牲になった私の長女の11年目の命日です。同級生などから今年もお花が届けられましたが、改めて理不尽に命を奪われた長女の無念を思い、胸が締め付けられるような辛さを味わっています。
 それなのに、事件の真相が明らかにされず、命日すらわからないという木村さんは、どんなお気持ちでこの数日間を迎えたのだろうかと案じています。

 幕引きは絶対に許されません。これからも木村さんに出来る限りの支援(気持だけですが)をしていきたいと思っています。
 皆さまもご理解とご協力をよろしくお願いします。

以下、二つの報道記事です。
+++++++++++++++++++++++++++++

2006/10/22 釧路新聞

「時効前にやれることを」
標茶高校生バイク事故
木村悟さんの母、孤軍奮闘

 標茶町で1999年10月、標茶高校に通っていた木村悟さん=当時(16)=が亡くなり、遺族が告訴、釧路地検は「事件性なし」と22日の公訴時効前に再度の不起訴処分としたが、悟さんの母・富士子さん(49)は「時効までにやれることをやっておきたい」と釧路新聞に手記を寄せるなど、孤軍奮闘している。
 富士子さんは本紙の取材に対し、失踪当日の模様を詳しく述べるとともに1枚のメモを手渡した。鉛筆で走り書きした文面には、「命は誰のものでもなく悟のものです。/かけがえのない命。/たった16年間しか生きることのできなかった悟です。/どうか自首してください。/お願いします。/木村富士子」とある。
 悟さんはバイク事故亡くなったとされたが、富士子さんはいまだに死因に疑問を抱いている。「事故があったのは22日とされていて、遺体発見は25日。私は悟の命日すら分からない」。26日には17歳の誕生日を迎え、翌日から修学旅行に出掛けるはずだった。長男を突然奪われた母は遺体発見現場で「悟のためにできることはすべてやりたい」と冷たい秋風に吹かれながら、暗闇を見つめた。 

+++++++++++++++++++++++++++++2006/10/24 北海道新聞釧路地方版

標茶・バイクの高2死亡「時効」が成立
残る疑念「やりきれぬ」
悔しさ募らす母親
同級生「おかしなことばかり」

 【中標津、標茶】中標津町の遺族が被疑者不詳で告訴していた、標茶町での高校生バイク死亡事件の傷害致死罪での時効が二十二日、事実上成立した。この事件では再捜査した釧路地検が十七日にあらためて不起訴処分としたばかり。しかし、高校生の死因などにはなお多くの疑問が残ったままで、遺族や関係者の気持ちの整理はつきそうにない。(内山岳志)
 「このままじゃやりきれない…」。母親の木村富士子さん(49)は中標津町の自宅で悔しさを隠さなかった。
 長男の悟君=当時(16)=は、一九九九年十月二十五日、標茶町の町道わきで、バイクと一緒に遺体で発見された。友人宅を出た最後の目撃情報から三日がたっていた。
 当初、弟子屈署は遺体を司法解剖せず、木村君が運ばれた病院の医師は死因を頸椎(けいつい)骨折で即死と診断した。同署はカーブを曲がりきれず路外に逸脱した単独交通事故死とした。
 しかし、富士子さんは次の点を不自然だと指摘する。《1》ヘルメットに傷がない《2》手袋と靴が脱げていた。いくら衝撃が激しくても脱げるはずがない《3》遺体に目立った外傷がない《4》ハンドルにあるエンジンのスイッチが「切」になっていた。即死なら、切れない-。
 遺族は「何者かによる傷害致死の可能性がある」として二○○三年、道警に告訴した。これを受けて道警は遺体写真の鑑定から「頭と胸部の打撲による失血死の可能性が高い。即死ではなく、事故後二十四時間から四十八時間生きていた可能性がある」と修正した。しかし、事故死との見方を覆す証拠は見つからなかったとして捜査を終了、釧路地検に事件を送り、同地検は今年一月、不起訴処分とした。
 これを不服とする遺族側の訴えで、釧路検察審査会は「不起訴不当、捜査やり直し」を議決したが、同地検は十七日、再度不起訴処分を決めた。
 同地検は「事故の衝撃で、ヘルメットと手袋は脱げる。または生きていて自ら脱いだ可能性がある」と説明した。
 これに対し、富士子さんは「警察の再捜査で死因が変わり、地検の再捜査も『事故でも起こり得る』と強調するばかり。事件の可能性があるとした審査会の判断を軽んじている」と憤る。
 木村君にかかわりのあった高校の同級生などは警察や検察から度々事情を聴かれた。同級生の一人は「おれたちは正直に話したのに、疑われた。初めに警察がちゃんと死因などを調べていればこんなに疑惑が残ることはなかったのに」と話す。
 木村君は無免許だったことが問題を複雑にした。当時、木村君が通っていた高校の教諭は「木村君をかばって誰も木村君がバイクに乗っていったことを言わなかった。それが家族の不信感を生んだのでは」と話す。
 当時、木村君を探して同級生や先生も現場を車などで通ったが、遺体は見つからなかった。三日後、歩いて探した教諭が見つけた。車で探した同級生は「ゆっくり走ったので見落とすはずがない。おかしなことばかりだ」と釈然としない。
 釧路地検は「捜査のミスはなかったが、解剖した方が死因がはっきりしよかった」としている。
【写真説明】「息子の命日さえもはっきりできず無念」と話す木村富士子さん
  1. 2006/10/25(水) 10:44:59|
  2. ミカの日記

プロフィール

柳原三佳

Author:柳原三佳
<ジャーナリスト・ノンフィクション作家>
交通事故、司法問題等をテーマに執筆や講演活動を行う。「週刊朝日」などに連載した告発ルポをきっかけに自賠責制度の大改定につながったことも。2004年からは死因究明問題の取材にも力を入れ、犯罪捜査の根幹に一石を投じてきた。著書に「家族のもとへ、あなたを帰す ~東日本大震災 歯科医師たちの身元究明」「遺品~あなたを失った代わりに」「巻子の言霊~愛と命を紡いだある夫婦の物語」「交通事故被害者は二度泣かされる」「自動車保険の落とし穴」「死因究明~葬られた真実」「焼かれる前に語れ」「交通事故鑑定人」「示談交渉人裏ファイル」「裁判官を信じるな」など多数。」「巻子の言霊~愛と命を紡いだある夫婦の物語」は、NHKでドキュメンタリードラマ化された。「実父を医療過誤で亡くし、自らも医療過誤被害を受けた経験があり、現在は医療問題にも精力的に取り組んでいる。千葉県在住。自宅の裏庭に、「古民家(長屋門)」を移築し、スローライフも楽しんでいる。
■柳原三佳のHP http://www.mika-y.com/

最近の記事

カテゴリー

月別アーカイブ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

リンク

このブログをリンクに追加する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。