柳原三佳のブログ

交通事故・死因究明問題などを追及する柳原三佳からの情報発信。あるときはジャーナリスト、あるときはノンフィクション作家、でも、1日の大半はお料理と芝刈りが大好きな「主婦」してま~す!

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「下川事件」のお父様から、緊急アピール文が届きました

 先ほど雨が上がり、春のような暖かさになりました。
 ふきのとうが芽吹き始めた庭では、ウグイスのかわいい鳴き声が聞こえ始めました~。

 さて、先週末は大阪でNPO法人交通事故後遺障害者家族の会の勉強会に参加。その後、関西、中部方面で取材を行うなど、出張が続いていました。
 岐阜では、司法修習生の時代に私の講演会を主催してくださった方(今は立派な弁護士さん)と久しぶりにお会いし、最近の交通事件や裁判のあり方について、熱く語り合うことができました!!
 
出張から戻ると、「下川事件」のご遺族から下記のメールが届いていました。
 下川事件については、私のHPに、スーパーモーニングで取り上げた動画も掲載しているので、ぜひご覧ください。
http://www.mika-y.com/info/simokawa.html
  この事件は、昨年、実況見分調書の早期開示の必要性を訴えるため、国会で取り上げられた事件でもあります。
http://www.mika-y.com/journal_n/journal.html
 お父さんからの緊急アピール文、長いですが、ぜひ読んでみてください。

 そして、3月26日の午後、まさに「冤罪」をかけられたまま葬られようとしている交通事故の当事者のみなさん、東京で集合し、一緒に語り合いませんか??

*****************************************

柳原様

下川です。
アッピール文を作成しました。
少し長いですが、これだけ書かなければ意味や決意の意義が伝わらないと考えました。

柳原さんが長く訴えてこられてきたことだと思いますが、今度は私がそれをしようと思います。
誠実な判決が出た時には、素直にそれを讃え喜ぼうと思います。
しかし、棄却するようなことになっったときには、明らかに司法による犯罪として断罪しなければならないと思いますし、抗議する私を裁くのならば裁かせるべきと思います。
裁きは必ず司法へ、犯罪者となった判事に向かうはずである。
私は市民の正義を信じたいと思っています。

ご紹介のほどよろしくお願い申し上げます。
そして、3/26の1時からの、その時を一緒に闘う人が集ってくれることを待ち望みます。
宜しくお願い申し上げます。

■司法が真実を尊重するか犯罪を犯すか:
緊急アッピール
210218

 バイクに乗り一人で全国ツーリングしていた長男浩央が熊本研清和村(現在は山都町)清和文楽館前の国道で交通事故で死亡した。
 相手は主婦とされていたが、裁判所調停員を祖父に持ち、司法警察管と親しい女性であった。
 
 事故真相と全く異なる正否反対の実況見分調書が作成された。刑事事件は浩央の追突とされ、民事は白黒逆転した判決となった。納得できるはずもなく、司法警察管の捏造を告発して、改めて東京地裁で争い、多様な角度から事故態様を明らかにし、捏造についても分析、解析、再現等技術を駆使して客観的に、写真の意図的なすり替えの事実を明らかにしてきた。
 
 しかし熊本地検は、訴えられている司法警察の上部機関の科学警察研究所と組んで、根拠不明のまま不起訴処分とし、再審査請求の権利も時効の期限を利用して奪った。そして東京地裁までもが、明らかに虚偽証言している被告司法警察管の言い逃れ証言に依拠した犯罪的な判決を下した。

 その後は東京地裁判決が依拠した歪曲や言い逃れについて詳細に検討して反証事実等を提示し、実験をしてそれを暴き、鑑定書や解析結果を提出し、言い逃れができないほどに事故態様と捏造に関する事実を明らかにしてきた。

 事故態様は、相手乗用車が浩央バイクを左折進路妨害で巻き込んだものであり、因果関係を逆転する目的で実況見分調書添付写真が翌日以降に撮影され捏造されたことも明確にした。白日の下に明白となった。この状況下で、高裁が真実に基づく判決を下すのか、司法警察管・検事そしてこれまでの判事ら司法一家の身内を庇って犯罪的な判決を繰り返すのか、大詰めの決着の場面を迎えることと相成った。
 
 再び三度司法が誤りを繰り返すならば、直ちに抗議し、市民の側の正義に司法を呼び戻させたいと考えております。司法による不正義・司法犯罪を認めてはなりません。
 法治国家、民主主義における司法の立脚点を問う大事な局面です。交通事故と軽く考えてはなりません。詰めに詰め、言い逃れができないところまで真相を明らかにしております。
 
 ここで正義を選択できなければ司法は死滅し市民を敵に回すことになります。司法警察官の犯した組織的犯罪を明らかにするのか、正義抹殺に抗議した市民を犯罪者に追い込むことになるのか、ある意味で歴史的な極点を迎えていると考えております。
 
 この3/26の1時に判決が言い渡されます。是非御立会ください。


1. 事件と裁判経緯
  日時  平成10年11月14日 昼12:20分ごろ
  場所  清和村(現山都町、清和文楽館前国道、阿蘇から熊本に向かう交差点手前(工事中)
  警察の言う事故態様
      交差点手前に停止していた地元主婦が運転する乗用車に浩央がバイクで追突し、その勢いで乗用車は5m前に動いた。

  当事者  相手側は、裁判所調停員であり元村長でもあった祖父と、総務課長・建設課長など要職を歴任し最右翼の村長候補と言われた父親を有し、実は司法警察管と親しくしていた(後に結婚)。都会から戻ったのち、故人である父親が力を及ぼした森林組合に勤務していた。

  真実の事故態様
      阿蘇山から矢部に向かい、清和文楽館前にさしかかった浩央バイクの前を乗用車が急に左折進路妨害し、巻き込んだまま走行するだけでなく、ヘルメットをリアウィンドウガラスに突っ込んでいた浩央を右に振りはらって停止した。浩央の傷を気遣う事もせず事故後しばらく出てこなかった女性は出てくるや、清和文楽館方向に走り去った。

  実況見分調書等の捏造記載
      衝突位置を明示する落下物(30㎝以上の物体2個を含む)は全く記録をせず、事故後円形に掃き寄せたガラス片類だけを記録。
      車両の事故経過を示す痕跡ともいえる路面タイヤ痕は、正確に記録せず、形状を変え、バイクスリップに似せかけて、単線で変形記録。トレッドパターンについて写真も記録も無くして詳細解明を妨げた。
      バイクは前輪に変形が無く手で転がせるのであるが、その点の記録は無く、またバイクには乗用車が擦り、路面にひき擦られた痕跡が前輪左右側面それぞれに明らかにあるのに、それを記録せず、打撃痕跡のない右ハンドルを同じく打撃痕のない乗用車後部に追突したという調書を勝手に作り上げた。
走行(回転)していたことを印象している乗用車左後輪擦り痕に気付かないようにその後輪の全面を欠いた写真とし、或いは暗くて擦り痕が判別できない写真とし、痕跡は記録せず、車体変形では斜めにぶつかった変形や変形量を記録せず、粉砕されたリアウィンドウガラスの所に、衝突角度なりに斜めになっていたスピーカーの向きを変え、シートで隠して撮影し、角度推定に関係する事実を隠した。衝突角度を隠ぺいした。
      後部座席に積まれて人の頭と間違うほど座席より上に飛び出ていた段ボールの中身を記録せず、それを取り出せるように、事故車両を警察駐車場(スペースはあり事故現場に隣接している)ではなくわざわざ事故現場から離れている国道脇で、夜間は人が途絶えるJA共済(相手が付保し、有力者の知人がいる)車両整備駐車場に放置し、シートで隠し写真記録。(この間にスピーカが移動:つまり中身を取り出した疑いが強い)。
      路面一面に飛散したリアウィンドウガラス破片を撮影していた(下川は地域交通課長から見せられている)にもかかわらず、路面一面にガラス片のある事故直後の状況を正確に記録した写真は全く証拠写真として添付せず、路側に掃き寄せられた(証拠を隠した)後の状態を記録し、翌日以降にわざわざ交差点付近に元々は無かったバイク部品を置いて写真記録し、交差点付近での追突と捏造できるように見分調書に添付。
      内側下方向に圧し込まれた乗用車の側板を事実に反して後ろから前上方向に擦りあげたと虚偽態様をわざわざ矢印を付して誘導記載。
      工学的にありえない数字を用い、足を持ち上げ気味の力でブレーキを踏ませた実験をし、事故痕跡とは照合性のない、つまり事実を踏まえない体裁だけ整った作文で鑑定書を作成(科捜研)。
      科捜研鑑定書を作成した科捜研研究員は、捜査報告書の作成を指導しているが、専門研究員として自明の、つまり交通事故専門書で多々記載されている重要諸点をことごとく記録から削除させて、事実と異なる記述に終始させている。即ち、交通事故調査で重要である変形量と衝突エネルギーの関係(追突は否定される)を黙殺し、飛散物の落下位置を隠滅(衝突位置を示す)し、路面タイヤ痕の観察記録(衝突態様経過を示す)をせず、両車両の作用-反作用の関係の確認などの反照関係の妥当性確認は全く行わず、打撃損傷のないバイク右ハンドルを打撃痕跡のない乗用車左後ろに当て、打撃擦り痕のない乗用車最大圧しこみ部を擦り上げるように図示誘導させる捜査報告書を作成指導した。
      浩央死体見分で、どこにも打撃擦り痕や内出血の痣が無く、追突説は否定されているにもかかわらず、医師に「追突」と伝達して死亡診断書に「誤記」させた。
      相手女性親族に恩義があると思われる教育委員長を事故目撃者に担ぎ上げ、全国紙に掲載されようとしていた下川の目撃者探しの広報活動を、「目撃者が出てきた」と出張先まで追って押しとどめ、判事判断を左右する証拠として捏造証言を作り上げた。(東京地裁で捏造である事実は認められた)。
      事故直後に駆け付けた救急医でもある院長や、危機管理意識があり事故直後の状態を冷静に記憶していた元自衛官ら3人の証言を無視抹殺した。この証言では追突して乗用車が前に5m動いたという追突説を明確に否定しており、飛散落下物の保存にもつとめたことも明示しており、客観的で利害関係のない彼らはその後も真実だけを述べ続けている。利害関係もなく真実を示す複数の誠意自体が抹殺された。

  各裁判誤判決の結果と理由
   事故態様に関する刑事事件や事故当事者同士の民事裁判で、何故誤った判断が行われてきたのか、以下概略する。
  ・熊本地検
   熊本地検では、事故直後駆け付けた医師らの証言は採用されなかった。警察が知らせなかったのか、検事が採用しなかったのか、それは不明である。また検事の元に届けられた実況見分調書の冒頭には、相手女性の親族に裁判所調停員がいることが記載され、その冒頭部分は未だに開示されていない。書かれた目的はなんだったのだろうか。問題の捏造写真に事故後交差点前にバイク部品が置かれたのだが、その捏造写真の存在が衝突位置が交差点付近であるとの根拠とされ、左折する車両はここでは速度を落とし、ゆっくりと走行する乗用車のウィンカランプを見落としてバイクが勝手に衝突した、つまり浩央バイクの前方不注意ではないかとの疑問が呈され、被疑者死亡を理由に追突との警察調書見解に基づいて不起訴処分とされた。

・熊本地裁
   森和也熊本大学教授が、追突説を前提に鑑定書を作成し、これを見てすぐに工学的にありえないとの意見書を下川が提出したが、また、下川の意見書を見た相手側弁護士も審理を継続すべきとの意見を述べたが、判事は結審し、工学的な判断で追突を承認できないことから、でっちあげられた偽証目撃証言を理由に、追突説で控訴を棄却した。森鑑定シミュレーションが路面タイヤ痕を全く無視し、この森鑑定は事故態様として全く成立しないことを、福岡高裁で認め判決に明記したのであるが地裁では証明の機会が失われ偽証証言に左右されたのである。弁護士の説明では判事の人事異動が理由で結審したとのことである。裁判官の人事と審理を尽くすことのどちらが大事か、歪んだ価値観により捏造事実の事実審での解明の機会が削がれ正悪逆転した判断になった。怠慢では済まされない。

  ・福岡高裁
   上告にあたり、事故態様に関して実車両を使った実験をして3DCGでシミュレートして検証し、ビデオを作成し提出した。これが放送局の目にとまり放映され、その作成したビデオと意見書を見た判事が、「この事件は可笑しい」との言葉で裁判を始めた。しかし、突き合わせ検証を行った鑑定人が事前検討を良く行わず現場に挑み、「よくわからない」との言葉を連発し、最終的に追突説を否定し左折進路妨害との鑑定を提出したのだが、判事の心証を決定づけるまでには至らなかった。福岡高裁は、乗用車左後輪の擦り痕や路面タイヤ痕そして飛散落下物に関して事実が捏造され、再確認することができないが故に追突説が否定出来なかったのである。そして、事実調査を継続した下川が、相手女性の親族が村の有力者であって交番巡査と親しい関係にあることと、目撃証言者が教育委員長である事実をつかみ、実況見分の記載事実が可笑しいことの理由として結審日に提出したが、判事は不快そうに結審し、結局司法警察の行った調書に依拠した判決を下した。その結果判決文では「直立しているが傾斜している」との日本語にならない事実を想定して判断せざるを得なかった。

  ・最高裁
   法律論争ではなく事実で争いたかったので、改めて実況見分添付写真の落下物を分析した。追突説の主張する交差点付近には破損したはずの赤色レンズ片が無く、路面タイヤ痕より手前、交差点より10m手前や30m手前にそれがあることや、傾斜したバイクから飛散したと思われるオイルが路面タイヤ痕に沿ってこぼれており、いずれも交差点での追突を否定する事実であることを提出したが、見ることもせず門前払いとされた。

2. 今回裁判と判決の意義
 ・捏造発見と告訴
   最高裁提出資料を作成するために実験しプロのカメラマンに撮影を依頼した。このときのカメラマンより実況見分調書に添付されている写真に対し、影の角度からみて撮影時刻が離れすぎているのではとの指摘があった。そこで、3DCGで検討することにした。日時に応じた太陽高度・方位角の決定式を求めて、日時ごとの影の角度を計算し、九州大学教官(現新潟大学)にその正しさを鑑定頂いた。さらに、実況見分写真を再現するために事故当時と現在の道路図面を入手し、両時点で変わらぬ路面上の基準点類を把握し、現在の道路建物等と方位を測量し投影される影の角度を計測するにあたっての位置と角度の基準を明確にし、併せて道路建物などの平面的位置を確定し、勾配・傾斜を正確に把握した。これらの情報を元に3DCGで写真を再現し、その他のガードパイプ・看板等は当時の複数の写真より3DCG上で正確にそれらの形状・傾斜等を再現した。再現できた3DCG上の現場に時刻を追って太陽高度・方位角を与えて実況見分調書添付写真の影を再現し、この写真を撮影した時刻を求めた。実況見分を撮影したカメラの位置も求めた。国交省、大学・研究機関から委託を受けて正確な3DCGを提供している専門業者の手による精緻な作業である。きわめて精度の高い3DCGシュミレーションである。この時刻の確定により、数センチのつまり衝突で破損して路面に落下し、走行車両等で粉砕される前の乗用車赤色レンズ片が写っている写真が撮影されたのは実況見分終了時間帯であり、その赤色レンズ片が粉砕され微細片となって中央分離線塗膜の割れ目に入り込んでいるのが実況見分開始時間帯であることが分かった。つまり、微細片の写っている写真は翌日以降の実況見分時間帯に撮影されたことになる。この翌日以降に撮影された写真の交差点付近にバイク部品が置かれ、実況見分終了時点に撮影されたと思われる写真にはそれが無い。つまり、交差点から10m以上から30m手前で左折進路妨害により乗用車にバイクが巻き込まれた事実を交差点付近で停止していた乗用車に追突したと事実を捏造するために翌日以降に交差点付近にバイク部品を置いて写真を捏造したことが動かせない事実となった。

 ・事故態様の確定と被告対応の不正義
   そもそも実況見分調書自体が捏造されていたのである。各捏造項目については、既に実況見分調書等の捏造記載で明示された捏造部分を前記した。ここでは事故態様の正当性と証明の方法について記す。科警研室長や検察協会が市販している交通事故解析本や庁内向け捜査資料に挙げている特徴的な事項が、それらの事実を捉えるならば追突説を否定し、左折進路妨害説を支持している。即ち、車両変形からは、斜めに衝突し、時間をかけて巻き込みながら乗用車車体を圧し込み変形させた痕跡しかなく、バイクも前輪は変形しておらず、エネルギー的に停止車両への追突説は否定され、左折進路妨害説しか妥当性が無い。さらに、左折進路妨害して停止するまでのすべての態様に応じた痕跡が両車両にあり、両車両の作用-反作用の関係も矛盾なく把握され経過を追って解明されている。追突説を裏付ける打撃痕もなければ相互の妥当性を証明する相応関係の証拠はどこにもない。本高裁には主治医から医学的鑑定書も提出された。浩央の身体に追突説を裏付ける打撃痣は皆無であり、内臓損傷等は左折進路妨害され乗用車にハンドルを取られてそのハンドルが突き立って肝臓を破裂させ、帯同状態で時間をかけてダメージを与えた態様でしか説明できないことを示した。事故で死亡した浩央の身体が警察捏造を最後に告発したのである。
   本件裁判で被告側は一貫して不誠実な対応をしてきた。被告証言や陳述書では「記憶にない」とごまかすか、司法警察官の間での第三者への転嫁で、ことを済ませてきた。論議することを回避してきた。事故態様を争点にせず、捏造についても捏造の意図は無かったとするための姑息な法廷戦術に終始した。
   熊本県警は基準が不明確で角度を判断することもできない実験にもならない無駄な書類を提出し、警察庁所管の科警研室長は、鑑定もせずに目論見を記述した2行ほどの文書で検察官に不起訴処分にさせた。時効ぎりぎりで審査請求もできない時期に中間検討書も全くない状態で、根拠不明のまま不起訴にさせたのである。
   不誠意、不誠実が明白である。根拠不明であるにもかかわらず、検事や判事は判決や訴追判断の根拠としている。司法の世界には何という腐った仲間意識が存在しているのであろうか。腐臭を放ち国民をあざけっているとしか思えない。

 ・捏造根拠の確定と被告側の虚偽目くらまし
   前記した科警研の鑑定書は、東京地裁を通じて要請され、熊本地検時効確定から1カ月以上も過ぎてからしぶしぶ出してきたものであるが、この鑑定書は、右折するカーブで左下がりに傾斜した道路面でシミュレーション図を描き、出来上がったシミュレーション図を一回り大きな下図枠を書いてその上に右下がりに貼り付けたものであった。右カーブする場所では、右に下がり左が上がった傾斜に必ず道路は作られる。現場はその様に作られており、県で管理している図面でもそのように記録されている。科警研の作成したシミュレーション図の道路であれば、走行車両は路外に飛び出し事故が絶えないであろう。交通事故対策を行っている警察庁所管研究所の専門技官が、このようにありえない、異様な目くらましの技術まで使った欺瞞的な鑑定書を出してきたのである。影の角度の算定結果を鑑定した大學教官は、このありうべからざる不正義に怒りを込めて告発した鑑定書を提出した。しかしこの鑑定書に対して地裁判事は怒ることは無かった。そのまま許容したのである。

 ・検事の欺瞞
   発端の刑事事件で、葉玉検事は法廷に提出すべき実況見分調書類を受け取り確定させている。捏造写真の交差点付近に置いてある疑惑のバイク部品を元に不起訴処分とした。この判断から葉玉検事は、交通事故処理に関しては知見がある検事であることが推測できる。これまで下川でさえ指摘しえた調書類の不備に何故気付かなかったのか。そもそも司法警察官との間で調書類の是非を確認する際、医師ら3人の証言調書を何故採用せず抹殺したのか?文書の体裁だけは整わせて判事の思考経路には十分に配慮してある調書の存在は、知能犯としての犯罪性を推測させる。葉玉検事の指揮に問題は無かったのだろうか?この実況見分調書の開示されていない冒頭部分に、相手女性の親族に「裁判所調停員がいる」と書かせ、判事におもねるように指導したのは葉玉検事であったのかあるいは司法警察官だったのだろうか?たとえ司法警察官であったにせよ、その様な記述のある調書を認めたことに何の意図があったのだろうか?真実を直接お伺いしたいところである。
   本件捏造訴追で竹内検事は、司法警察管を相手にし、熊本県警が組織を挙げてこれに対抗しているのを知りながら、科警研に鑑定を依頼し、鑑定書はもちろん事前検討書類を見もせずに、つまり自身で確定する義務を放棄して、「鑑定すれば実況見分時間に添付写真が撮影されたという結論になる予定」との文章を書かせて、不起訴処分とし、しかも時効であることも知っていて、再審査請求も実質的にできない時期に、通告してきたのである。通常業務で司法警察官に頼らざるを得ない検事特有の事情(竹内検事は下川に語った)を理由に、市民にたいする義務を放擲し、結果的に検事が犯罪者を容認したのである。今回事故態様から見てもまた実況見分調書添付写真の捏造事実からしても、司法警察官が捏造犯罪に手を染めたことが明らかになった。司法警察官の犯罪事実が明らかになっても、刑事訴追されることはできなくなっているのである。検事の職務を放棄し、市民を欺瞞に導いているのだが、これに手を貸したに等しい検事も検察庁も、平然と無謬に仕立てた壁の向こうに今も座っているのである。

 ・司法(東京地裁)判決の犯罪性
   本件の事故態様や写真捏造に関する、訴えの正当性については前記してきた。本件東京地裁においては、既に基本的にすべての真実は明らかになっていたのである。事故態様については菅澤鑑定で捜査報告書や科捜研鑑定書が、工学的に成り立たないただの作文であることは明らかになった。添付写真が捏造写真である事も呈示できた。然し司法は控訴を棄却した。司法警察官らの陳述が言い逃れ陳述であることは誰が見ても明らかであり、地裁法廷で最大のイベントであった証言で、「掃除で片づけた」、「人が踏み荒らして落下物の証拠性が疑わしくなっていた」などの言い逃れが明らかに虚言であることが明白になったにもかかわらず、司法警察官の陳述が虚言であることを証言した救急医ら複数人らの、皆同じことを言っている、客観的な陳述・証言を、理由もなく否定し、根拠が全くない司法警察官の証言に依拠して棄却した。そして、下川が実験検証等で立証してきた事実を否定した。司法警察官を訴える裁判は起こすなとでも云わんばかりの理由を、権威を盾に書き放った。「下川が立証した、写真に写っている赤色レンズ片は事故に起因するものとは断定できない」旨の理由である。司法警察にたいする仲間意識なのであろうか。事実や正義を馬鹿にしたこの様な、司法警察管の証言類に無条件に依拠した判決を下したのは、許しがたい犯罪的な判断である。事実、東京地裁判決時に、判決文を書いたと言われる右側に座った判事は、罪の意識が働いたのであろうか、目を合わせることが無いように、反対の壁に向き終始寝そべるようにしていた。主任の判事は、笑みを浮かべながら棄却と告げ、理由は判決文に書いてあるとだけ告げ、次の案件に移行していった。黒い法服の中にどれだけ薄汚れた感性や意識が燻っているのであろうか。
今回下川は、高裁で判決文に記載されたこじつけにたいしても時間を費やし反論し、検証を行った。善意の市民・主治医が鑑定し、専門家が意見書を提出し、それを確かめ、虚言を繰り返す事が出来ないように立証してきた。もはや言い逃れができない極点まで押し込んだと言える。

 ・司法犯罪の危険性と防御できぬ市民
 これまで裁判を経験してきて、司法界の腐敗に気付かざるを得ない。市民がどれだけ正当な立証をし、訴えても、採用されることは無い。否定する為に意図的に引用される。司法警察官の書いた文書だけが正当とされる。これは保険会社の調停をする委員会の座長を務めているという大学教授が下川夫妻に述べた「どのような鑑定書があっても根拠とするのは実況見分調書だけである」との発言に言い表されている。いま私はその意味を理解し、とても恐ろしいことであると思っている。
 何よりも問題なのは、判決文にたいして間違いを問う道が閉ざされ、残された方法は同じ司法にたいして上告する形態しかない、という点である。仲間意識に固まった判事にたいしては、真実や正義を基に、市民が判断の誤りを質し、責任を問うということはできないのである。
弁護士の中には、裁判官は人事異動を質にとられて判決を下している、という人がいる。司法機関の無謬性を穢すような動きをした裁判官は人事で制裁を受けるので、司法内の犯罪や欠陥にたいしては目をつぶる。握りつぶして司法制度の権威を護持した判事が出世するというのである。これが事実であるとするならば、民主主義の理念はとうの昔に放擲されている。闇黒裁判の再来である。司法は無意識のうちに犯罪を犯す集団になり変っているのである。司法の手のひらの上で市民は、無権利で、防御する術がなく、気づかぬうちに犯罪者に仕立て上げられるのである。事実、本件で無実の浩央は、犯罪者にさせられたままである。
   これでよいのであろうか。既にテレビ朝日の報道が何回かこの事件を取り上げ、これを見た議員が、昨年5月に国会で実況見分調書の事前開示を要請する事案の例として取り上げ、当時の法務大臣が「痛ましい案件」と認識して答弁している。毎日新聞は、判決文の問題性を意識して特集記事も書いている。これまでに朝日新聞や「ミスターバイク」「週刊金曜日」も取り上げてきた。判決が可笑しいからこれだけの眼が着目し、声をあげて報道しているのである。司法は本来の正義を取り戻し、市民を味方にすべきではないのだろうか。マスコミの声も、立法府の疑義も意に介さない。独善的に権威をまとって市民を嘲っている。
 
3. 訴えの目的と依頼事項
 本件東京高裁の判決の場は、一交通事故の民事裁判という場を大きく超えたものになっていると考える。
 司法がこれまでそうであったように、司法警察官ら司法の仲間内の罪を庇い、真実に目をつぶり、司法の無謬性を護持し、司法の慣習に唯々諾々と従い、再び「棄却判決」という司法の犯す犯罪に終始するのだろうか。あるいは司法本来の意義に立ち戻り、正義と真実を求めて、司法警察官の犯罪に断を下すのか、結論はいずれかである。真実や正義が無視される社会は恐怖の国家につながる。恐ろしい世界である。事故態様に関してもまた捏造事実に関しても、詰めに詰めてある。判事が真実と正義に基づいた判断をしても、それを理由に責任を問われることのないように、下川は根拠を整備した。それでも司法の絶対性、無謬性に拘泥するのであるならば、司法が犯罪を犯している現実を国民に知らしめなければならない。その閉鎖的な仲間意識の果たす社会的な意味を司法が自覚できるようにしなければならない。わたくしは一市民としてこの危機を超えてゆかなければならないと感じている。これまでの経緯がその必要性と必然性を要求している。この判決の時点に明示しなければならない。
反論できないところまで事実を明瞭化し、真実を認めざるを得ないところまで追いこんできた。正当な判決を期待している。司法の仲間である司法警察が組織的に巨大な犯罪に手を染めてきたことを認めることになる。判事としては、重圧に抗する判断となるのであろう。職業としての重圧をはねのけ、司法本来の意義にあえて飛び込むことになる。本来は当然の判断で当たり前のことであるにすぎないのだが、今置かれている状況を斟酌してその誠意を讃えよう。敢えてこれに気付き本来の姿を求めたものとして歓迎し、勇気を讃えよう。
しかし従来と同じ「棄却判決」となった時には、司法の許し難い犯罪として、その改革を意識せざるを得なくなる。そしてなぜこのような腐敗が許されているのか,その根拠の廃絶に向かわざるを得なくなる。思うにその理由の第一は、このような腐敗した司法関係者の実態が市民に知らされて来ていないからである。だから平然としていられる。マスコミ関係者にはその問題性を知っている方が少なくないのだが、報道に載せられない無言の圧力が働いている。この課題は個人の課題ではない。社会的な課題であり、看過して済ませるわけにはゆかない。国民に広く知らせなければならず、改革しなければならない課題である。
   棄却判決となった場合には、市民に伝わるような行動で全国民に訴えなければならない。不当なこの裁判はこの行動無くしては完結しない。直ちに私は判事に反撃する。反撃の直接行動に着手せざるを得ない。真実と正義を求め裁判の適正化を願うがゆえに、取るに足らない小さな存在でしかないが、私の存在をかけて、正義を問わなければならない。この法廷に提出した全文書を全ての国民にたいして示し、正義を求めるが故に踏み込まざるを得なくなった下川を、罪に付すべきか否か、問わなければならない。この裁定において真に問われるのは司法の妥当性である。判事自身の正義が問われることになる。
   皆さんに訴えたい。来る東京高裁の判決の場は、どちらの結論であっても歴史的な極点を示すものとなる。最高裁で棄却された事件が、実は司法警察の組織を挙げた犯罪であったことが明らかにされるのか、あるいは逆に、真実と正義を抹殺し、仲間内の擁護に回ってきた腐敗しきった独善性が再び示され、只管に司法の枠内で10年以上にわたって真実を求めてきた一介の市民が、正義を求めるが故に、止むを得ず犯罪者の位置に陥らなければならないのか、その声が国民に伝えられ、結果司法犯罪を繰り返した司法が国民から指弾されることになるのか、いずれの場合でも結節となる極である。ぜひ3/26午後1時にこの結節の場から目を離さず、判断してほしい。
以上
    平成21年2月18日
    下川正和
     住所 東京都西多摩郡日の出町平井1425-2
     メールアドレス: mashimok@cream.plala.or.jp

  1. 2009/02/20(金) 16:53:05|
  2. ミカの日記

プロフィール

柳原三佳

Author:柳原三佳
<ジャーナリスト・ノンフィクション作家>
交通事故、司法問題等をテーマに執筆や講演活動を行う。「週刊朝日」などに連載した告発ルポをきっかけに自賠責制度の大改定につながったことも。2004年からは死因究明問題の取材にも力を入れ、犯罪捜査の根幹に一石を投じてきた。著書に「家族のもとへ、あなたを帰す ~東日本大震災 歯科医師たちの身元究明」「遺品~あなたを失った代わりに」「巻子の言霊~愛と命を紡いだある夫婦の物語」「交通事故被害者は二度泣かされる」「自動車保険の落とし穴」「死因究明~葬られた真実」「焼かれる前に語れ」「交通事故鑑定人」「示談交渉人裏ファイル」「裁判官を信じるな」など多数。」「巻子の言霊~愛と命を紡いだある夫婦の物語」は、NHKでドキュメンタリードラマ化された。「実父を医療過誤で亡くし、自らも医療過誤被害を受けた経験があり、現在は医療問題にも精力的に取り組んでいる。千葉県在住。自宅の裏庭に、「古民家(長屋門)」を移築し、スローライフも楽しんでいる。
■柳原三佳のHP http://www.mika-y.com/

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