柳原三佳のブログ

交通事故・死因究明問題などを追及する柳原三佳からの情報発信。あるときはジャーナリスト、あるときはノンフィクション作家、でも、1日の大半はお料理と芝刈りが大好きな「主婦」してま~す!

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意志伝達装置『レッツ・チャット』が新聞で取り上げられました

『巻子の言霊 ~愛と命を紡いだある夫婦の物語』(柳原三佳著・講談社)で、全身麻痺となった交通事故被害者の松尾巻子さんが使用しておられた『レッツ・チャット』という意思伝達装置。昨年、この機械は一時生産中止となり、ユーザーを中心に復活を望む大規模な署名運動が展開されました。
 その中心となられた奈良市の池原さんという方が、『奈良新聞』で取り上げられました。記事中には、『巻子の言霊』にも触れていただいています。

 障害者向けの福祉機器は、不況の中、採算が取れず、生産中止や縮小という荒波を受けています。
 今回、パナソニックさんが、ユーザーの声を受け、後継機種の販売を決定されたことは、本当に素晴らしい決断だと思います。本当に必要としている方々がおられる以上、なんとか他のメーカーさんにも頑張っていただきたいと思います。

■伝える喜び これからも - 奈良発署名10万人・障害者の意思伝達装置
(2011年1月30日 奈良新聞)

http://www.nara-np.co.jp/20110130104406.html

 レッツ・チャットを操作する池原久豊さん(手前)と母の恵子さん=奈良市内
 意思伝達装置という福祉機器がある。さまざまな障害のため、思いや考えを伝えることができない人が言葉を紡ぐための装置だ。だが、販売台数は一般の電気製品に比べて少なく、採算ベースには乗りにくい。昨年、この装置の一つである「レッツ・チャット」が生産中止の危機に陥ったが、継続が決定。企業に「思いを伝える装置」の重要性を伝えたのは、脳性まひの息子を持つ奈良市の母親が始めた10万人を超す署名だった。

 「ぼくをうんでくれてありがとうネ」。

 県立奈良養護学校高等部の卒業直前に「レッツ・チャット」と出合った池原久豊さん(25)=奈良市=は、装置を使いこなせるようになったある日、母恵子さん(58)に向けてこうつづった。

 「こんなことを思ってくれていたんだ、とびっくりして涙が出ました」と恵子さん。「レッツ・チャットがなければ、息子の心の中の言葉を聞くことはできなかった」

 久豊さんは今、この装置で家族や福祉作業所のスタッフらと会話。レッツ・チャットは久豊さんにとって、かけがえのないものになっている。

 レッツ・チャットは50音表から、ユーザーが自分で動かせる部分でスイッチを操作して文字を選び、言葉をつづる装置。音声ガイドもあり、視覚障害の人も使える。

 パナソニック(大阪府門真市)の社内ベンチャー会社「ファンコム」の松尾光晴社長(当時)が開発し、平成15年に発売。これまでに約2200台が売れた。現行機種は1台12万円。状況に応じて行政からの補助も出る。

 同種の装置はほかにもあるがレッツ・チャットは、スイッチを入れるとすぐ使える▽パソコンではないのでフリーズしない─などの扱いやすさと、購入時の調整や故障時の対応など、きめ細かいユーザー支援体制で多くの支持を得てきた。

 会話機能に特化したシンプルさはまた、障害の重い人の意思伝達も画期的に広げた。奈良市出身のジャーナリスト、柳原三佳さんは、著書「巻子の言霊」(講談社)で、交通事故で全身まひとなった妻のかすかなまばたきを夫が読み取ってスイッチを操作し、一時は不可能と思われたコミュニケーションを取り戻した夫婦の姿を紹介している。

 ところが昨年6月末、ファンコムが解散。これを知った恵子さんは昨年8月末、製造・販売と支援体制の継続を求める署名を開始した。

 口コミで始めた署名活動は特別支援学校教員で多くの著書のある山元加津子さん(石川県)のブログなどを通じて全国に広がり、約1カ月で10万1244人分が集まった。

 そして、恵子さんが署名をパナソニック社長あてに送付する直前の9月21日、同社は愛媛県にある別の子会社に開発を引き継ぎ、今春、後継機種を発売することを発表した。

 懸案の支援体制についても昨年末、この子会社から恵子さんに「これまで以上の体制を構築したい」との連絡があったが、新体制の本格始動はこれから。

 多様な条件のユーザーが今後も思いを伝え続けるには、1人1人と向き合う支援が欠かせない。「これまで通りの支援体制の継続を」。恵子さんらユーザーの心からの願いだ。


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 以下は、昨年9月30日の私のブログでご紹介した、『巻子の言霊』に登場される巻子さんのご主人・松尾幸郎さんがパナソニックの社長に出されたお手紙です。

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パナソニック株式会社           

社長 大坪文雄 様

前略

はじめてお手紙を差し上げます。

私の女房、巻子は一年半前から御社のVenture Business ファンコム社のLet’s Chatを使って、ようやく夫婦でCommunicationすることが出来るようになりました。

このような恩恵を受けている方々は全国で何百人とおられることと存じますが、(そしてその数は今後さらに増えるとおもいますが)特に私共の場合は、女房には、自分でSwitchを押す部位が無いので、女房がまぶたをぱちっと閉じるのを信号に、私が代わりにSwitchを押すという、二人三脚でやっております。

これが無ければ、女房には伝達する術が全く無く最悪に、辛い、苦しい状況になります。そして毎日傍にいる私もその辛さが、鏡のごとく反映しますので、生き続けることの辛さに、胸が張りさけるような気持ちになります。

そのような大事なLet’s Chatが製造廃止、会社解散と一度は決定されていたところ、再考され復活することになったと知らされ、本当にうれしく思い、そのお礼が言いたくて一筆した次第です。

私共の事例の背景、経緯を簡単に説明させていただきます。

2006年7月1日私の女房(その時点で62歳)が、19歳の青年が、免許を取って一ヶ月半後に、友達とGame Centerで待ち合わせるために、親に買ってもらった自動車で居眠り運転をして、Center Lineを超えて対向車の女房の車に衝突、女房は脳挫傷、頚髄損傷、外傷性クモ膜下出血等々の重篤な傷害を受けました。

もしうまくいっても、植物状態だろうと言われましたが、奇跡も奇跡、今も生きております。然も意識も鮮明、知的能力も明晰であります。

人工呼吸器、横隔膜Pacemakerを装着、経管栄養(胃ろう)ですので、正に器械によって生かされている状態です。

最初の2年9ヶ月間は、本人の意識や知的能力がどの程度であるのか、医者も含めて誰にもわかりませんでした。
それが、御社のLet’s Chatのお蔭で、本人が言葉を綴ることが出来、意識も鮮明、知的能力も明晰であることがわかりました。
この驚きと感激は、容易に言葉で表現できるものではありません。

この事故は100%、相手に責任のある事故でありましたので、刑事裁判、民事裁判を通して、この面でも、当事者でなければ、わからないような辛いことを多々体験してまいりました。

それらも全て含めて、この4年間の、私共の苦闘の記録を(本)にして頂きました。

題名: 巻子の言霊
著者: 柳原三佳
出版社:講談社

今年、運命的にも、女房の事故の日と同じ7月1日(ファンコム解散の直後)に全国発売されました。
茲に同封いたしましたので、どうぞお読みください。そして出来るだけ多くの方々にも読んでいただけるようにお勧め願いたいと思います。

私の実家は富山県滑川市にあり、戦前より(松電社)という屋号で楽器、レコード、音響機器、家庭用電器製品を扱ってきました。
松下電器の特約店でした。

創業した父は戦争中に亡くなりました(34歳〕。
その後は祖母と母がほそぼそと引き継ぎ、私の兄が大人になってからは、2代目として引継ぎ、更に事業を発展させました。
最盛期には富山県に4件店舗を張っておりました。

今はその兄(79歳)も引退し、事業は閉鎖いたしました。

創業時の店は、旧滑川町の中心である中町にあり、家の前面が店になっており、奥と2階が自宅になっておりました。
私(74歳)は中学校までこの実家で育ちました。

店には、(National)Brandの松下電器製品がたくさん陳列され、レコードも松下の子会社であった日本Victorも含めた、多くの会社のレコードを扱っておりました。

私自身、米国留学から帰ってきてから、社会人としての最初の就職は日本Victorの貿易部でした。
その当時の日本Victorは松下電器の子会社でした。社長は住友銀行の出身、専務は松下生え抜きの方でした。

自宅の店には、壁に松下幸之助の自筆の(商道)の額が飾ってあり、店の前には日本Victorの大きな犬、(It’s Master’s Voice)でしたか? 
この犬が耳をすまして蓄音機の音を聴いている......あの有名なセルロイドで作られた大きな犬が置いてありました。

私は、正に松下電器に囲まれて育ったといっても過言ではありません。

私の年代の人であれば、その当時、中町の松尾さんと人は呼びませんでした。松電社のあんちゃん(兄のこと)、松電社のおっちゃん(弟-私のこと)と言ったほうが通じるほど、ひろく知られた店でした。

私は1936年生まれですから、まだ大東亜戦争前です。その頃、既に松下幸之助の偉大さに父は敬意を抱き、私の名前、幸郎の(幸)は松下幸之助から頂いた(幸)であると母から聞かされてきました。

私どもは、今回 又、御社のLet’s Chatに救われました。
不思議なご縁といいましょうか、御社は私にとっては、非常に身近な、親しみのあるものであると同時に、父が松下幸之助にあやかって名付けるほど、尊敬する存在でした。

私は50年以上柔道を続けてきました。創始者の嘉納治五郎は、それまでの柔術を選別編成して(柔道)を創設しました。柔道は単なる(術=技)だけの修得ではない。(道)人間の生き方、であるとして、(精力善用)(自他共栄)を唱えました。

松下幸之助は(商い)は儲けるだけではない、社会に奉仕する、(生き方)であるとして(商道)を唱えました。いずれも究極を同じくする哲学であります。

Let’ Chatの復活は、企業としては、大変な決意であったと思います。
利益を追求するだけでは、復活できません。

私は、松下幸之助の哲学は未だに継承されているな、と感じました。
私は松下幸之助の(幸)を頂いたことを(誇り)にしております。

終わりに、改めて感謝の意を表し、御社の更なる発展を祈念して、閉じたいと思います。

ありがとうございました。
       
草々

     松尾幸郎
  1. 2011/02/01(火) 11:28:34|
  2. ミカの日記

プロフィール

柳原三佳

Author:柳原三佳
<ジャーナリスト・ノンフィクション作家>
交通事故、司法問題等をテーマに執筆や講演活動を行う。「週刊朝日」などに連載した告発ルポをきっかけに自賠責制度の大改定につながったことも。2004年からは死因究明問題の取材にも力を入れ、犯罪捜査の根幹に一石を投じてきた。著書に「家族のもとへ、あなたを帰す ~東日本大震災 歯科医師たちの身元究明」「遺品~あなたを失った代わりに」「巻子の言霊~愛と命を紡いだある夫婦の物語」「交通事故被害者は二度泣かされる」「自動車保険の落とし穴」「死因究明~葬られた真実」「焼かれる前に語れ」「交通事故鑑定人」「示談交渉人裏ファイル」「裁判官を信じるな」など多数。」「巻子の言霊~愛と命を紡いだある夫婦の物語」は、NHKでドキュメンタリードラマ化された。「実父を医療過誤で亡くし、自らも医療過誤被害を受けた経験があり、現在は医療問題にも精力的に取り組んでいる。千葉県在住。自宅の裏庭に、「古民家(長屋門)」を移築し、スローライフも楽しんでいる。
■柳原三佳のHP http://www.mika-y.com/

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