柳原三佳のブログ

交通事故・死因究明問題などを追及する柳原三佳からの情報発信。あるときはジャーナリスト、あるときはノンフィクション作家、でも、1日の大半はお料理と芝刈りが大好きな「主婦」してま~す!

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あるご遺族の手記 『私は死んでも、検察官を許すことはありません』

 徳島県の高島さんというご遺族から寄せられた手記をご紹介します。

 被害者・遺族の味方であるはずの検察に対して、なぜこうした思いを抱く方が少なくないのか……。
 一つの事件で担当検事が何人も変わり、事件終結まで必要以上に時間をかけ、家族の心を傷つけ。
 さらに、年度末になると、ばたばたと慌ただしく処分が決まっていく……。

 みなさん、この現実をどう思われるでしょうか。


****************************
 
こんにちは、柳原様
ご無沙汰しております。
徳島の高島と申します。
昨年度、息子の事故の件で突然のメールにも関らず
お話しを聞いて頂いて本当にありがとうございました。

2009年7月1日 当時大学2年生だった長男・直(なお)がバイクで直進中、店舗から右方向へ逆走進行してきた軽自動車と衝突。意識不明の後、脳挫傷で亡くなりました。 
享年19歳でした。

相手も大怪我を負い、入院治療をしていた為、捜査が大幅に遅れ、事故から9ヵ月後にようやく書類送検されました。
私達両親が検察庁から呼び出しを受けたのは、事故から一年後の2010年7月のことです。
最初の検察官は私達の話を十分聞いてくれ、申し出る度に面会することが出来ましたが、長男のバイクの速度のメーターがネックとなり、一度、捜査の中断というかたちになりました。

その間、私も独自にバイク屋さんなどに足を運び、メーターやバイクの衝突の際の衝撃などを聞き込みしました。
その後、再び捜査が開始されましたが、何の連絡も無いまま月日が過ぎていきました。

2011年4月になって、再度、こちらから検察に電話をかけると、なんと、知らぬ間に担当検事が転勤となっており、別の検事へと担当が替わっておりました。

この2人目の検の対応には、苦しめられました。
こちらの面会を頑なに拒否するばかりか、電話にも居留守を使われて(後に判明)、事務次官には取り次いでもらえず、「処分が決まりましたら連絡しますのでお待ち下さい」の一点張りでした。
その間、民事裁判の提訴を検討しながら、弁護士2人に相談をしましたが、「このまま裁判を起こさずに 示談をした方が良い」と言われて、示談が終了致しました。
そのことは今でも悔やまれてならず、あの時、もっと有能な弁護士に相談していればと良かった……と、泣けてきます。

検事から「処分が決定しましたので会います」と連絡が来たのは、事故から2年3ヶ月経った2011年10月のことでした。
検察に赴き 加害者不起訴の説明を受けました。
その理由は、とても納得出来るものではありませんでした。
最初の検事は 息子のバイクのスピードは時速60キロから70キロと言っていたのに、2人目の検事からは、80キロから90キロだと言われました。
そして、加害者有利の証拠を採用して、息子の速度を90キロとみなし、息子の速度の面で、加害者にとって予測不能だったと言われました。

こちらの面会は一切拒否した上に、処分が決まったので、それを説明するときだけ呼び出し「検察審査会に訴える事も出来ますが、まず無駄でしょう」と言われました。

それででも相手の逆走行為による過失は十分なものであると信じ、すがる思いで検察審査会へ申し立てを起こしました。
翌2012年4月、「相手の過失は極めて重い」と、検察審査会より、不起訴不当の通知を受け取り、今までの苦しみが報われた想いでした。

その後、2012年10月頃に一度だけ、検察庁に電話をかけました。
また担当検事が変わっておりました(3人目)。
なぜ連絡をしたのが一度だけかと申しますと、検察に対しては不信感以外の何ものもなく、また傷つけられる事が怖かったのです。
子どもを失い、その後も検察官に拒否され続け、もう傷つくのが怖かったのです。

その時も検事に、「来月には結審しますので、その際にお電話します」と言われましたが、思った通り、翌月には何の連絡もありませんでした。

そして、今年2013年3月末、検事より突然電話があり「相手の過失を認めます。起訴となります」と言われて、起訴されたとの喜びで胸がいっぱいになり御礼を言って電話を切ってしまいました。
しかし、後から冷静になって思い起こしてみて、検事が電話で「罰金の裁判の通知が……」と言っていたことに気づき、気になってネットで調べてみたところ、もしかしたら 略式起訴なのでは無いかと不安になりました。
その後、すぐに『略式命令処分』の通知が、検察から届きました。

主人と相談して、再度、検察審査会に訴えに行きましたが、こちらの名前を言うなり「起訴されましたよね」と言われ、「同じ事件で2度受けることは出来ません」と言われました。
その足で検察へ行きましたが、なんと、すでに3人目の担当検事も転勤となっており、事故書類等も裁判所に送付されているということで、「この結果に従うしかない、納得がいくように説明はする」と言われました。

でも、何を説明されたところで、一生納得はいかないものと思います。
今さら、結審したことを覆す事は不可能だと覚悟をしています。

不起訴から、たとえ略式でも起訴に持っていけたことについては、検察審査会に感謝しています。
ただ、次男と娘のことを想い、なかなか動けなかったことが悔やまれてなりません。
特にこの春から高1になる娘は、心に大きな傷と負っており、私の表情を瞬時に見分けて、悲しい思いをしています。

以前、娘が「普通の家に生まれたかった、ただ、5人で幸せに暮らしたかったア-ン!!」と大泣きしたことがあり、それから事故の事は、そのかけらも、娘の前では言わないと決めました。

私も同じ気持ちです。何もなくてよい 平凡に生きたかっただけなのに……。なぜ息子までが、と無念の何ものでもありません。

昔、大切な祖母をひき逃げ事故で失っています。犯人は今も見つかっておりません。

直を仲間と一緒に卒業させてやりたかった。
夢だった保育士にならせてやりたかった……。
私が加害者に求めたものは、犯した罪は償うべきだと言うことでした。
それ以上でもそれ以下でもありません。

事故から3年9ヶ月苦しんで、到底納得いくものではありませんでした。
息子の亡くなる姿を見て、毎日拷問のような悲しい日々を過ぎ、次男と娘のために、ただ息をして生きていく事だけを頑張って続けてきました。

その間にも、心ない人の心ない言葉に二重に哀しみ、被害者遺族であるのに、まるで悪者のように検察に拒否されて、私はいったい何なのでしょうか……。

これからどんな幸せが待っていても 心の底から笑う事はありません。
泣く事は、自分が可哀相で流す涙は滅多にありません。
ただ、息子が可哀相で無償に泣けてくるのです。

息子は 交通事故の被害者でもあるけれど、同時に、検察による交通事故の怠慢捜査における犠牲者でもあります。
きっと息子のような検察の犠牲者はたくさんいる事でしょう。たとえ法が許しても、私は死んでも検察官を許す事はありません。
犠牲者の一人となってしまった息子の例が、一人でも多くの方の力になっていけば幸いです。
心から願う事は、悲惨な交通事故が二度と起こらない事を祈っています。
長い文をお読み頂いて申し訳ありません。

本当にありがとうございました。 
  
2013年4月5日

高島 
  1. 2013/04/08(月) 15:13:47|
  2. ミカの日記
  3. | コメント:0
<<危険運転で死傷事故、厳罰化…法案を閣議決定 | ホーム | 今週の『アエラ』 (2013.4.8号)>>

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プロフィール

柳原三佳

Author:柳原三佳
<ジャーナリスト・ノンフィクション作家>
交通事故、司法問題等をテーマに執筆や講演活動を行う。「週刊朝日」などに連載した告発ルポをきっかけに自賠責制度の大改定につながったことも。2004年からは死因究明問題の取材にも力を入れ、犯罪捜査の根幹に一石を投じてきた。著書に「家族のもとへ、あなたを帰す ~東日本大震災 歯科医師たちの身元究明」「遺品~あなたを失った代わりに」「巻子の言霊~愛と命を紡いだある夫婦の物語」「交通事故被害者は二度泣かされる」「自動車保険の落とし穴」「死因究明~葬られた真実」「焼かれる前に語れ」「交通事故鑑定人」「示談交渉人裏ファイル」「裁判官を信じるな」など多数。」「巻子の言霊~愛と命を紡いだある夫婦の物語」は、NHKでドキュメンタリードラマ化された。「実父を医療過誤で亡くし、自らも医療過誤被害を受けた経験があり、現在は医療問題にも精力的に取り組んでいる。千葉県在住。自宅の裏庭に、「古民家(長屋門)」を移築し、スローライフも楽しんでいる。
■柳原三佳のHP http://www.mika-y.com/

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